発達保障をめざす理論と実践応援プロジェクト

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階層と段階の視点⑨ 自然界の法則「対称性の原理」によって「自制心」の誕生は説明できるか

          対称性の原理によって、

   「自制心」の誕生を説明してみた

                       山田優一郎(人間発達研究所会員)

 物理学は、自然現象を学問の対象としている。人間も、自然の一部であり、物理学が明らかにしている一般法則によって、人間の発達も説明可能である。

 

1.すべてのものごとのはじまり、「それは対称性の破れ」
 いかにして地球の素になる物質ができたかは、物理学においてもっとも魅力的なテーマであった。長い年月の研究を経て、今、その謎がとかれつつある。概要は以下のとおり。

 

 話しは、地球誕生のはるか前、物質誕生の1秒前にさかのぼる。ポツンと点として生まれた宇宙は、直後、超高温、超高密度のビックバンとなる。→超高温、超高密度の高いエネルギーによって、物質の素になる粒子(物質粒子)と反粒子反物質粒子)が放出された。→粒子と反粒子は、電気的な性質が逆であり、鏡に写したような動きをする。→そのため、出会うと衝突し光となって消滅する。→しかし、対生成・対消滅だったはずの粒子(物質粒子)が消滅せずに1つ残った。その確率は10億分の1と計算できる。→対なのに10億分の1の差はどこからきたのか→それを説明するのが「対称性の破れ」の法則である。ともあれ、この「破れ」が存在したおかげで、長い年月かけて、地球が誕生し、水が生まれ、生命が誕生した。現在は、なぜ「破れ」が生ずるのかも記述できている。したがって、すべてのものごとのはじまりには、「対称性の破れ」があるとみていい。つまり、対称性があるもの何らかの変換でいずれ「破れ」が生じる。
https://www.youtube.com/watch?v=s8DgxXQf6aI
 
2.田中(1987)1)は、「人間発達の理論」において対称性原理によって「自制心」の生成を説明した。しかし、「可逆操作」も「対称性」も、その「破れ」についても定義の紹介がなく、超難解なものになっている。(詳細は、本ブログ 田中昌人「人間発達の理論」における対称性の原理について(1)(2)

 

 ところで、物理学における運動は、人間発達において活動におきかえることができる。したがって、発達における対称性は、子どもが外の世界へ働きかける活動、すなわち可逆操作の中に存在する。私たちがこれまで検討してきた可逆操作を図1に示した。さて、図1に示した「階層-段階理論」の中心概念、可逆操作は、自然界の法則によって発達を説明する際に有効な概念として使えるのであろうか。以下(⑨⑩⑪⑫)検証する。また、この作業によっていくつかの実践的知見が得られたので報告する。

 

 ここでは、三つの物理学上の定義を使用した。物理学でいう「変換」は、子どもに対する回りからの一般的な働きかけであり、「可逆操作」は、子どもから外の世界へ働きかける活動であった。 

 

定義1 「対称性」2)自然法則の対称性は、ある対象に対してある変換を行った時、その自然法則が変わるか変わらないかであり、変わらない時、その法則は対称性をもっていると言う。
定義2 「対称性の破れ」3)=「対称性が壊れている」「対称ではなくなる」という意味である。
定義3 「並進対称性」4)=空間の並行移動という変換を行っても法則は変わらないことをいう。例)東京で実験をやろうが大阪で実験をやろうが物理の法則は同じ。

 ここで扱う子どもの活動は、以下のとおり。
                 図1

 

3.「自制心」の誕生
 人間には2回の反抗期とよばれる時期がある。反抗期は、英語でもドイツ語でも訳されているので、世界の子どもたちに存在する。その第1期は、幼児期に訪れ、1才から3才頃まで続くとされている。5)この時期の子どもたちは、NO!-YESの選択世界に生きている。
 NO!が、先にくるのは、自我の誕生によってNO!を選択する局面が多いからである。田中(1987)がいうように「第1反抗期」は自我の拡大・充実6)真っ最中である。そこからいかにして自制心が生まれてくるのか、その謎を自然界の法則で説明するのが本稿の目的である。

 前述のようにこれまでの研究は、「第1反抗期」をおよそ、3才頃までとしている。なぜ4才頃から、反抗を抑制する自制心が育ってくるのか記述される必要がある。その謎解きをすることによって、私たちは子育て、保育、教育の極意を知ることができるからである。
 
 この時期の子どもの活動は、図1の「1次元可逆操作」である。人はこの活動によって外の世界へ働きかけ自らを発達させる産物を取り込む。大人たちとの交流において「第1反抗期」の子どもたちは常にNO!-YESの対対称の世界にいる。この法則は、空間を移動させてもかわらない。だからこその「反抗期」であるから、保育園でもおばあちゃんの家でも電車の中で「NO!」なのである。したがって、対称性の態様は、定義3の並進対称性だと位置づけることができる。

 さて、前述のとおり、物理学は対称性のあるものいずれ「破れ」が生じることを証明してきた。幼児期の子どもたちは、NO!を選択してもYESを選択しても、1次元可逆操作期の媒介となる活動、「大人との交流」は活発におこなわれている。そこでは並進対称性をもった活動、すなわち、物理学における運動が激しく繰り返されている。したがって、やがて、〈NO!-YES〉の対称性は「破れ」、「イヤダケレドモ~スル」〈N f:id:sirayurinohana:20211004111819p:plainY〉場面(田中1988)が登場する。つまり、対称性が壊れる。(定義2)こうして、自制心の誕生は、対称性の「破れ」として説明できる。(図2)
                

                図2

 4才の節への移行期に誕生した自制心、新しい法則〈N f:id:sirayurinohana:20211004111819p:plainY〉は、次の段階で充実する。すなわち、「イヤダケレドモ~スル」の充実期こそが4才頃からはじまる2次元可逆操作期なのである。だから、世界の人たちは第1反抗期を「3才頃まで」とした。ここまでの自然の法則は、アメリカの人も、フランスの人もエジプトの人も、そして、基本的には障害をもつ人たちもかわらない。自然界の法則による「破れ」であるから当然のことである。

 

 天保10年(1840年)、日本において小川保麿(やすまろ)の「養育往来」7)が出版されている。今でいう子育ての教訓書である。そこには、「善悪は4才から教えなさい」と江戸の人たちに教えている。江戸の人々は、経験的に「対称性の破れ」という自然の法則に則り子育てをしていたことになる。

 

4.それにしても、イヤ、イヤを連続して繰り出す子どもの子育て(以下保育、教育含む)は大変である。しかし、ここまでの自然の法則を知った私たちは、イヤ、イヤの内実を知ることができる。自然の法則を知ることは、子育てにゆとりをもたらす。

 

⑴イヤ、イヤを繰り出す局面というのは、大人と交流している局面である。図1のとおり、この時期の子どもは、大人との交流によって、発達の糧をとり入れる。(「1次元可逆操作」)
「くつ、はこう」「イヤ!」
 この時、「あっ、この子は今日も発達しようとしている」と、みることができれば、きっと、だだをこねている子を抱きしめたくなるはずである。

 

⑵田中は、この時期「二つの重みの一方に自我を関与させて選びとっていく」活動を提案した。具体的には次のようなことである。8)
―――肋木(ろくぼく)の高いところに登っていく幼児。「そんなところへあがって危ない。降りなさい」(母)
 ところが、子どもは「イヤ!」。さて、どうするか。
―――「お母さんと手をつないで降りるの?自分で降りるの?」
 つまり、物事を自分で決めさせていく活動のことである。 

 

「くつした、はいて」「イヤ!」
 →二つのくつしたを用意して「どっち はく?」
「おふろはいろう」「イヤ!」
 →「きょうは、どの子といっしょに入る?アヒルさん?カエルさん?」 
 
 これで子どもの自我を育てながら、うまくコトを運ぶことができる。ただし、いつも成功するとは限らない。私たちの提示が、子どもからみたら、ふたつとも、嫌いなものであったり、比べようがないものであったりするからである。私の経験では成功率6割くらい。ただ、すっと成功したときは、快感となってクセになる。

 

⑶長い間、1次元可逆操作期に留まっている障害児は、イヤ、イヤ期も長くなる。しかし、自制心誕生の自然法則を知った私たちは、①イヤ、イヤにも意義があることがわかる。すなわち、1次元可逆操作における新しいことばを獲得するための活動、「大人との交流」という意義である。②自制心は、対称性の「破れ」という自然界の法則によって誕生するのであり、体罰や脅しや強要では育たないことも知ることができる。③そして、自然の法則にしたがい1次元の活動を豊かに膨らませることこそが「イヤ、イヤ期」に最も大切なことだとわかる。
 
 けっきょく、加藤(2018)9)がいうように、「もう、獲得されている可逆操作が、もうその力をあるけれど、発揮する機会がないところに働きかけることが教育の基本」なのである。

 

⑷1次元可逆操作期において、新しいことば(産物)を獲得するためには媒介となる「大人との交流」が必要条件となる。(図1)「大人との交流」がうまくいかない時、なぜうまくいかないかを考え、そこに手を当てることが必要となる。ことばは認識できているのにコミュニケーション手段が獲得されていない場合は、コミュニケーション手段の獲得が課題となる。一語文を持っているのに広がらない場合は、大人との交流がひろがる生活や学習をつくりだすことが必要となる。それぞれ、子どもが立ち止まっている原因に目を当て、手を当てることこそ障害児教育の神髄だといえる。

 

⑸「自制心」が育つ前の子どもたちの「結果として、がんばる」活動をどう引き出すか。私たちが1985年の全障研職場サークルでまとめた事例10)は、下記のとおり。
 事例①自己主張ができる力を生かして選択させる。事例②見通しがあれば、結果としてがんばれる。事例③少しの努力でできる教材を準備する。事例④補助具の効果で結果として、がんばれた。事例⑤遊び相手になって、結果として1.5㌔を、笑いながら完走。事例⑥「・・・・のつもりで」、結果として、がんばれた。

 

まとめ
 子どもに活動がある限り、いずれ「破れ」が生じて自制心が誕生する。永遠に続く今ではないことがわかれば、気持ちにゆとりが出てくる。田中(1984)11)は、自制心を育てていく発達的前提として、2才前半の自我の充実は、必要不可欠としている。充分「イヤ!」をいわせることである。「イヤ」の数だけ、大人との交流は生じているから発達の糧はとり入れられている。「今日は、この手でいこう」「あの手はどうか」と、「イヤ」を起点にして交流を楽しむことである。その栄養が、いずれ「破れ」を作り、「イヤダケレドモ~スル」(田中1988)場面を登場させる。イヤ、イヤの嵐は自然界の法則にしたがって、次の節ではおさまる。
 対称性の「破れ」という法則は、嵐がいずれやむことを教えている。

 

[参考・引用]
1)田中昌人(1987)「人間発達の理論」青木書店
2)小林誠(2009)ノーベル受賞記念講演「対称性の破れとは」「学術の動向」弟14号6号 
3)前掲2)
4)前掲2) 
5)「発達心理学辞典」ミネルヴァ書房
6)前掲1)
7)小泉吉永(2007)「江戸の子育て十ケ条」.柏書房
8)田中昌人・田中杉恵(1984)「子どもの発達と診断3.幼児期Ⅰ」.大月書店
9)加藤聡一(2018)「可逆操作の高次化における階層-段階」理論は、学校教育にどう向き合うか(2)「人間発達研究所通信」Vol.34(3)
10)山田優一郎・國本真吾(2019)「障害児学習実践記録~知的障害児・自閉症児の発話とコトバ」.合同出版
11)前掲8)

参照動画

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