発達保障をめざす理論と実践応援プロジェクト

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階層と段階の視点⑩ 「生後第3の新しい発達の原動力」は、存在するか~「対称性の原理」による説明

「生後第3の新しい発達の原動力」は、存在するか~「対称性の原理」による説明

                                   山田優一郎(人間発達研究所会員)                    

 

 田中(1987)1)は、対称性の原理によって「生後第3の新しい発達の原動力」の発生を説明した。物理学における運動は、人間発達においては活動におきかえることができる。したがって、発達における対称性は、子どもが外の世界へ働きかける活動、すなわち可逆操作の中に存在する。ここでは、可逆操作をツールに自然界の法則「対称性の原理」による「生後第3の新しい発達の原動力」についての説明を試みる。この作業によって、これまで検討してきた可逆操作の妥当性について検証する。

 

 そもそも「対称性の『破れ』」とは何か。本日のブログから読みはじめる人のために前回ブログの導入部分の再掲からはじめる。

 

1.なぜ、対称性なのか

①すべてのものごとのはじまり、「それは対称性の破れ」

 いかにして地球の素になる物質ができたかは、物理学においてもっとも魅力的なテーマであった。長い年月の研究を経て、今、その謎がとかれつつある。概要は以下のとおり。

ーーー話しは、地球誕生のはるか前、物質誕生の1秒前にさかのぼる。ポツンと点として生まれた宇宙は、直後、超高温、超高密度のビックバンとなる。→超高温、超高密度の高いエネルギーによって、物質の素になる粒子(物質粒子)と反粒子反物質粒子)が放出された。→粒子と反粒子は、電気的な性質が逆であり、鏡に写したような動きをする。→そのため、出会うと衝突し光となって消滅する。→しかし、対生成・対消滅たったはずの粒子(物質粒子)が消滅せずに1つ残った。その確率は10億分の1と計算できる。→対なのに10億分の1の差はどこからきたのか→それを説明するのが「対称性の破れ」の法則である。ともあれ、この「破れ」が存在したおかげで、1粒の粒子から物質ができ長い年月かけて、地球が誕生し、水が生まれ、生命が誕生した。現在は、なぜ「破れ」が生ずるのかも記述できている。したがって、すべてのものごとのはじまりには、「対称性の破れ」があるとみていい。そして、対称性があるもの何らかの変換でいずれ「破れ」が生じる。

 https://www.youtube.com/watch?v=s8DgxXQf6aI

 

②対称性の破れが支える世界

 鏡の中の自分を見つけられますか?左右反対でも顔の手入れは困りません。でも鏡の中のあなたが鏡の外に出てきたら大変です。 自分に似た人間がいて腹が立つかもしれません。そんな時、ホクロのように対称でない特徴が重要になります。鏡の外の世界も、実は対称性が破れているおかげで安定して存在できるのです。

高エネルギー加速器研究機構 https://www2.kek.jp/ja/newskek/images/menubar.gif

 

 人間も自然の一部なので次のようにいうことができる。

対称性が破れ、新しい発達の原動力が発生するおかげで人間は発達できる」

 

③人間は数千年にわたって、本能的に対称性を完全性と同一視

 ーーー自然現象が、対称性を含む理論によって説明できれば、その説明はもっと満足のいくものになると考えられた。そうすれば、その理論は自然についてさらに奥深い真実を明らかにするだろう。理論そのものが、さらに信頼のおけるものになるはずである。

 レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル小林茂樹訳(2008)「対称性~レーダーマンが語る量子から宇宙まで」.白揚社

  

2.人間の発達におけるコトのはじまり、それは「新しい発達の原動力」

 本稿では、人間の発達におけるコトのはじまりのひとつ、「第3の新しい発達の原動力」について、自然の法則「対称性の破れ」を根拠に説明する。

 ここでは、以下の四つの物理学上の定義を使用した。「階層-段階理論」における「可逆操作」を表1に示した。物理学でいう「変換」は、子どもに対する回りからの一般的な働きかけであり、「可逆操作」は、子どもから外の世界へ働きかける活動である。

 

定義1 「対称性」2)自然法則の対称性は、ある対象に対してある変換を行った時、その自然法則が変わるか変わらないかであり、変わらない時、その法則は対称性をもっていると言う。

定義2 「対称性の破れ」3)=「対称性が壊れている」「対称ではなくなる」という意味である。

定義3 「対称性の破れ」4)=「ある対象にある変換をおこなったとき、法則が変わってしまうこと」

定義4 「並進対称性」5)=空間の並行移動という変換を行っても法則は変わらないことをいう。例)東京で実験をやろうが大阪で実験をやろうが物理の法則は同じ。

 

 ここで扱う子どもの活動は、以下のとおり。

                  表1

 

3.子どもの活動における対称性の存在と「新しい発達の原動力」の発生

 2次元可逆操作期の可逆操作は、「想像世界を認識できる力で、全体を想像しながら、部分の~をする」活動(表1)である。したがって、「全体」と「部分」がたえず対発生する。全体をA、部分をpとしたとき次のように表すことができる。       

            

①A-pの法則は、この時期、外の世界へ働きかける際の基本操作であり、4才頃に想像世界を獲得するという発達の質から導かれている故に絶えずA-pの対として現れる。したがって定義1の対称性があるといえる。

②また、A-pの法則は、室内でお絵描きをしていても、外で鬼ごっこをしていても、おうちでおばぁちゃんから、昔話しを聞いていてもかわらない。すなわち、空間移動があっても変わらない法則であるから定義4の並進対称性があるといえる。

③以上から、やがて、対称性の「破れ」によって、新しい力が発生することが予想される。すなわち、「破れ」によってA-pの法則でない別の法則が働く。

④田中(1988)6)は、5才半頃に発達の新しい力が発生するとした。

⑤研究者たちは、A(全体の想像)とp(眼前の部分)という対ではなく、全体(A)も部分(P)も(P)も一体として同水準のものとして認識できる力が6才頃までに育つことを明らかにしている。認識とは、想像ではなく「ものごとをはっきりととらえる」(「現代国語事典」三省堂)ことである。すでに標準化されている発達検査、「新版K式発達検査」7)の中に「絵の叙述(じょじゅつ)」という項目がある。「絵の叙述」は、背景と人物が描かれた「絵の内容を叙述し、表現する能力を見る」8)ためのものである。背景だけみていたら、人物が語れないし、人物が「いる」ことだけ見ていたら叙述ができない仕組みになっている。この検査は、ビネー、ゲゼル、ピアジェなどの発達理論をもとに作成9)されており、世界の研究者たちが子どもの発達をみる指標として発見し、これまで何千人、何万人という子どもに検査を実施してもなお生き残っている項目である。6才越の項目として「絵の叙述」が配置されているという事実は、子どもたちが5才半頃から6才頃までに全体(A)も部分(P)も一体として認識できる力が育つことを証明している。すなわち、「Ap」という対の法則はくずれ、ここへきて「APP」と、現実世界を一体のものとしてリアルに認識できる法則へと変化する。

 5才半~6才頃までのフェーズの変化を記号で表すと次のようになる。

  

        5才半頃~  ⇒   6才頃   

      

         対         一体                  

                      

 5才半頃からの対称性の「破れ」(「法則が変わってしまうこと」定義3)は、図1のようになる。

                       図1

                     A=全体 p=部分    

                     

4.田中(1987)は、5才半頃に発生する新しい力を「第3の新しい発達の原動力」とした。発達の原動力には、「そこに生ずる子どもの内的矛盾をのりこえようとしてとりくむ能動的活動」10)というすでによく知られた定義が存在する。したがって、先に定義されている意味と異なる意味に使う時は、使う側に説明責任が生じる。そうでないとよく知られた定義どおりに理解する他者とのコミュニケーションが成立しないからである。

 以下検討する発達の原動力は、上記、子どもが外の世界との関係で生じる原動力ではなく、子どもの個体内部で次への発展を引き起こす原動力のことである。

 生後第3の新しい発達の原動力について本ブログでの説明は、以下のとおりである。

 

 ①生後第3の新しい発達の原動力は5才半頃から発生する。➁生後第3の新しい発達の原動力は、3次元可逆操作への移行をひきおこす。③3次元可逆操作期において、新しい交流の手段(「書き言葉」)が獲得される。④新しい交流の手段は、次の階層において「発達を主導」(「理論」P79)する。

 なぜ「新しい」がつくのか。新しい発達の原動力がひきおこす、各層第3の段階において「新しい」交流の手段が獲得されるからである。そして、新しい交流の手段は、次の階層で発達を主導する。

 「新しい」がつく発達の原動力は、成人までの間に4回発生することが田中によって発見されている。

 

 果たして、5才半頃から獲得される新しい力、「全体も部分も認識できる」力は、変換の層まで保存されて、発達を主導することになっているのだろうか。以下検証する。

 

①6・7才頃からはじまる3次元可逆操作期の子どもは、書きことばによって、3次元現実世界への認識を深めていく(表1「可逆操作」)時期であった。

 

「書きことばは、書く前にあるいは書いている過程であらかじめ頭の中に書きたいことがあれこれと浮かんでいることを前提にしている」(ヴィゴツキ2017)11)

 

 したがって、書きことばは、たとえば、「みかん」の形全体も、色や味、つまり部分も認識できる力がないと「みかん」という文字を獲得できないといえる。なぜなら、全体の形だけならたまごだってリンゴだって同じ〇(マル)であり、現実の「みかん」を「あらかじめ思い浮かべること」ができないことになるからである。

 

 現在、日本において読み書き、計算をはじめる年令は、北海道でも、東京でも大阪でも九州でも6・7才。世界の多くの国々においても義務教育の開始は6・7才である。すなわち「全体も部分も認識できる」力は、「空間の並行移動という変換を行っても法則は変わらない」(定義4)のであり、この時期の子どもたちには「全体も部分も認識できる」力が、並進対称性をもって存在しているといえる。しかし、対称性があるもの、子どもの活動(=運動)によって、いずれは「破れ」次の法則へと変化する。 

 

②9・10才頃からはじまる1次変換可逆操作期は、「事象の共通を抜き出して、新しいことばに変換」(表1「可逆操作」)していく時期である。ものごとの部分の本質的でないものを捨て去り、本質となる部分を共通項でくくり科学的概念を獲得していく。きゅうりとナスは「野菜」である。「なぜなら・・畑でとれる食べるものだから」と、形や色を捨て去り、食べ物という本質部分の共通でくくり「野菜」(概念)ということば(C)を獲得していく。したがって、「全体も部分も認識できる」力は、1次変換可逆操作期においても保存され、力を発揮しているといえる。だからこそ、子どもたちは、きゅうりやナスと形(全体)は、まるでちがう、かぼちゃも白菜も本質(部分)で認識して「野菜」の仲間にいれることができる。そして、「事象の共通を抜き出して、新しいことばに変換」していく思考は空間を選ばず、どこでも、同じ法則で働く思考なので並進対称性をもって存在している。しかし、ここでも、子どもの活動によって対称性があるものいずれ「破れ」、次の法則へと変化する。 

 

③12・3才頃からはじまる2次変換可逆操作期は、「『なぜ』を繰り返して」(表1「可逆操作」)二重に抽象化された概念(ことば)を理解していく時期である。たとえば、朝顔とひまわりは「花」である。「なぜなら(1回目)・・・」、部分の共通を抜き出し→「花をさかせるから」。

 花と樹木は「植物」である。「なぜなら(2回目)」と両者の部分を抜き出し→「両方とも根があるから」。こうして、「なぜなら・・」をくり返しながら、共通部分を見つけ、より抽象度の高い概念(ことば)、「植物」(C2)を自分のものにしていく。したがって、ここでも「全体も部分も認識できる」力は保存され、力を発揮している。

 

 ただし、2次変換可逆操作活動の結果として得られる産物(C2)は、もはや、本質(部分)の集まりであり、全体が本質(部分)となり、本質(部分)が全体となる。したがって、対称性が失われ、以後、全体-部分系における「破れ」は必要とせず、C2(二重に抽象化された概念)を形成する力は、不可逆的に生涯にわたって維持されることになる。

 

 みてきたように5才半頃から発生する発達の新しい力(「全体も部分も認識できる」)は、2次変換可逆操作期まで保存され、可逆操作を発揮する素(もと)になっている。以上をまとめると図2のようになる。

 そして、可逆操作こそ発達を主導する力であるから、5才半頃から発生する発達の新しい力は、次の階層において「発達を主導」(「理論」P79)しているといえる。

                 図2

5.まとめ

①前述のように物理学は、自然現象を学問の対象としている。人間も、自然の一部であり、人間の発達も、物理学が明らかにしている一般法則によって説明可能である。ここでは、田中(1987)が発見した「生後第3の新しい発達の原動力」の発生とその役割を「対称性の破れ」によって説明することを試みた。

②今回の検討によって、「生後第3の新しい発達の原動力」(5才半頃~)は、2次変換可逆操作期まで保存され、階層間にまたがって力を発揮していることが確認できた。田中(1988)は5才半頃に発生する新しい力を「理(ことわり)をしりそめていく力」としたが、言い得て妙。新しい発達の原動力は、論理的思考、まさに、「理(ことわり)」へのパスポートになる力であった。

③「破れ」が生じないと次の認識・思考の段階へ移行できないのであるから、「破れ」は移行期に発生する。「ある対象にある変換をおこなったとき、法則が変わってしまうこと」(定義3)が「破れ」の定義であり、ここでいう変換は、今受けている働きかけのことである。したがって、昨日も今日も同じ暮らしの中で次の段階の法則で働く認識や思考の活動が出てきたら「破れ」がおきているのであり移行期だといえる。「対称性が変化する時は、見えない内部・深部で何かがおこっていることを示している」(加藤2017)13)からである。

④「破れ」が発生するのは移行期ということがわかれば、障害児の教育実践は、なぜ「破れ」が生じないかを考えることができる。私たちの仕事は、自然界の法則にしたがい、表1の可逆操作を各段階で発揮できるようにすることである。いわゆる「発達保障論」生成期の「教室でできたことを舞台でも」「体育の時間にできたことを運動会でも」「音楽の時間にできたことを教室でも」「学校でできたことを家庭でも」・・・と、今できることを充実させていくためのスローガンは、人間の本性に則ったものだったといえる。今、そこにある力を把握し、今そこにある力が発揮できない状況にある時、その原因をさぐり、どうしたら力を発揮できるのか、子どもの声を聞きながら、子どもといっしょに活動をつくりあげることによって、教育実践は、可逆操作の発揮へ正面から向きあうことができる。

⑤本ブログでは、「変換」「次元」の可逆操作について検討してきたが、対称性は、子どもが外の世界へ働きかける活動、すなわち可逆操作の基本操作、媒介、産物のなかに存在していた。結果、この夏に検討してきた可逆操作(表1)は、自然界の法則によって発達を説明する際にも有効性をもつものと思われた。

 

[参考・引用]

1)田中昌人(1987)「人間発達の理論」.青木書店

2)小林誠(2009)ノーベル受賞記念講演~対称性の破れとは.「学術の動向」第14号6号

3)前掲2

4)「デジタル大辞泉」(小学館

5)前掲2)

6)田中昌人(1988)「子どもの発達と健康教育①」.かもがわ出版

7)嶋津峯眞監修生澤雅夫編集者代表(2003)「新版K式発達検査法」.ナカニシヤ

8)前掲7)

9)前掲7)

10)大村恵子(1976)発達の源泉と原動力.心理科学研究会編「児童心理学試論」三和書房

 発達の原動力は、「そこに生ずる子どもの内的矛盾をのりこえようとしてとりくむ能動的活動」

11)中村和夫(2017)「ヴィゴツキ-心理学」新読書社.

12)加藤聡一(2017)「可逆操作の高次化における階層-段階理論」における3つの法則性の区別と連関.「人間発達研究紀要」第30号

13)前掲12)