発達保障をめざす理論と実践応援プロジェクト

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階層と段階の視点⑫ 新しい発達の原動力と「エネルギー保存則」 ~「生後第2の新しい発達の原動力」は、何と何を保存しているか 

    対称性の原理から見えてくるもの

   新しい発達の原動力と「エネルギー保存則」

「生後第2の新しい発達の原動力」は、何と何を保存しているか   

                       山田優一郎(人間発達研究所会員)                           

 

「エネルギーは、無から生じることも、なくなることもない。『エネルギー保存則』と呼ばれるこの法則は、物理学でもっとも重要な1つだ。エネルギー保存則は、私たちの身の回りで起こるあらゆる現象を支配している。地球は太陽の回りを回り続け、コーヒーは熱を加えると温まり、木々は光を浴びて酸素を作りだし、私たちは食事を摂って心臓の鼓動を維持している。私たちは食べずには生きられないし、車は燃料なしでは、動かない」1)

 

 自然界の法則は、「生後第2の発達の原動力」が、次の階層へ渡る船の操縦桿(能力)だけでなく、燃料(人・物への活動エネルギー)も保存して次へ向うことを予想させる。果たして、そうだろうか。以下、検討する。

 

 物理学における「運動」は「活動」に置き換えた。使用する物理学上の定理、法則、公式は、以下の四つである。また、「階層-段階理論」における「可逆操作」を表1に示した。物理学でいう「変換」は、子どもに対する回りからの一般的な働きかけであり、「可逆操作」は、子どもから外の世界へ働きかける活動である。

 

定理 「ネーターの定理」(1915.エミー・ネーター)2)

「物理法則の何か一つの連続対称性があれば、それにともなって、一つの保存則が存在するはずである。」

時間対称性=時間に対する不変があれば、エネルギーという量を保存する。3)

 

法則 「エネルギー保存の法則」(19世紀中頃.ジュール)4)5) 

 何らかの方法で与えられたエネルギーの総量は変化することはない。したがって、どこかでエネルギーが減少したら他のどこかで増加しなければならない。

*この原則により対人交流エネルギーと対物交流エネルギーの関係は、次のようになる。

       外界と関わる活動系エネルギーの総量

    f:id:sirayurinohana:20211229083037j:plain 

公式1 ニュートン力学における運動エネルギー

    1/2mv  m:質量 v:速度

公式2 特殊相対性理論における運動エネルギー

     E=mc2  c光速度の二乗で一定値

 

 ここで扱う子どもの活動は、以下のとおり。

                         表1

 

 

1.「生後第2の新しい発達の原動力」の発生と、時間対称性

                   図1  

      

 世界の研究者たちは、「バイ・バイ」への反応(+)を9ケ月越としている。6)反応とは「刺激に応じて、生体におこる変化」7)であるから、大人(a)からの刺激→←子ども(S)からの反応である。ここで示される反応は、赤ちゃんがはじめて大人と積極的に交流する活動の一局面である。この局面において赤ちゃん(s)と大人(a)は、常に対対称(s―a)として現れる。

 そして、発達の力は不可逆的であることから、同じ生体なら、一度(+)になった変化は、1秒後でも、1時間後でも、1日後でも1年後でも(+)の反応を示す。

 以上のことから、(s―a)の対称性は、時間に対し不変であり、時間対称性をもっているといえる。したがって、「ネーターの定理」によって、エネルギー量が保存されていることが予測できる。

 

2.エネルギー量の測定

 エネルギーは量なので測定できる。エネルギー量を測定することによって同じ(+)であっても、その「でき方」を推定することが可能である。

 

公式1 ニュートン力学における運動エネルギー

     1/2 mv  m:質量 v:速度

[エネルギー量の計算]

 「バイバイ」に反応する(9ケ月越)は、「人見知り」(7ケ月越)からの大きな質の変化であり、赤ちゃんは地球上どこに生まれても対人交流活動エネルギーをここで発揮する。その際の対人交流活動エネルギー量は、公式1によって、次のように算出することができる。

 

例)モデルS sーa s=主体(赤ちゃん)、a=大人 

  質量mを体重とみなす。8.7kg(日本の9ケ月の男児平均体重)

 

 aによる「バイバイ」が終了してから、sが声や動作によって反応を開始するまでの速度vを0.05m/sと仮定したとき、S児のこの局面における対人交流活動エネルギー量(J)は次のように算出できる。

  1/2  mv   mv=0.0109(J)

 

3.エネルギー量は、保存されているか

 上記公式1から、エネルギー量は質量(m)と比例することがわかる。したがって、体重が増えれば人のエネルギー総量も増える。大人の心臓に赤ちゃんの活動エネルギーしか与えられないと人は生きていけない。そして、今日も明日も活動するものの必要なエネルギー量は、保存されているからこそ自然はうまくいく。自然界の法則、「ネーターの定理」によって、時間に対する不変があれば、エネルギー量を保存するからである。(南部2009)

 では、モデルS児の対人交流活動エネルギーは、無事に保存されて、発達を遂げられるようになっているのだろうか。

                  表2

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*エネルギー総量は、特殊相対性理論における運動エネルギー(公式2)により算出し、光速cは定数なので1に置き換えた。

         E=mc2  c光速度の二乗で一定値8)  

 

 表2からわかるようにモデルS児の9ケ月における対人交流活動エネルギーは、以後、10ケ月の新しい発達の原動力の発生時期から次元階層への移行期まで見事に100%保存され、発達を遂げられるような仕組みを自然は作りあげている。もちろん、対人交流活動エネルギーは、心臓の活動エネルギーと同じように、4才以降も保存されて、おかげで私たちの対人活動は枯渇することなく維持されている。

 

4.活動意欲の偏り

 秋葉(1981)9)は、「人・子ども・人間の活動をうながす力・エネルギーをわれわれは活動意欲とよぶ」とした。そして、活動意欲は、常に事物か人間に向って始動する。(秋葉1981)

 みてきたように自然界の法則は、「生後第2の新しい発達の原動力」が能力だけでなく対人交流活動エネルギー量を保存して次の階層へ進むことを示した。

 

 「バイバイ」に対する9ケ月の子どもの反応は同じ(+)であっても個性的である。そこで、モデルSを標準(0.05m/s)として、反応がもっとも速い子(0.01m/sからの4段階)から遅い子(0.09m/sまで4段階)の対人交流活動エネルギー量を算出すると表3のようになる。

 その際、対物交流活動エネルギーは、ジュールの「エネルギー保存の法則」(外界に関わる活動エネルギ-総量は一定)によって自動的に決定されるものとみなした。

                 表3

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 「普通」を取り囲む周辺は個性の範囲である。その個性ある人たちで社会は成り立っている。対人関係得意の人たちは営業や接客の仕事を担い、対物が得意な人は、ひとりで物に向う仕事を選択する。そして、普通の人はどちらに対しても中立である。

 しかし、LLやHHのエネルギー量が保存されると、その後の発達に影響を与える。なぜなら、人との交流で「普通」の3倍ものエネルギーを必要とする子どもたちの活動は、できるだけエネルギーを使わずにすむ方へ流れることになるからである。すなわち、人との交流を避け、人以外の「物」(自分の体も含む)に偏ることになる。逆に人との交流が度を越えてHHになる子は、「物」への操作は苦手を越えて避けるようになる。いずれも、「エネルギーが低くて安定」(南部2009)することが自然の流れだからである。決してこの時期の母親たちの接し方に起因するものではない。

 

 では、表3モデルのH児やA児のようにエネルギー量の保存に偏りをもつ子どもたちは、実際に存在しているのであろうか。

 

 広く知られている「自閉症スペクトラム」といわれる人たちは、対人交流活動エネルギーLL状態にあるといえる。そしてエネルギーは、対人LLのまま保存されている。

 

人LL≪物HH ASD10)

 「社会的コミニケーション及び相互関係における持続的障害」(つまり保存されている)

 「同一性へのこだわり」(人以外の特定の物・事象へHHのエネルギ―も保存されている)

 

 対人交流活動エネルギーHHの子はどうだろうか。

 

人HH≫物LL 

 「・注目されたい行動・叱られるか試し比較・愛情試し行動・愛情欲求エスカレート現象」(「愛着障害」チエック項目)11)いわば、尋常でない「かまってちゃん」状態。

 

 ここまでの検討からは、親は普通なのに上記傾向を示す子どもたちがどの段階にも存在することが予想される。(表3)

 

 以上のことから、次のことが確認できる。

 対人交流活動エネルギーLL群に関して、自然のまま、すなわちことば獲得に向って何らかの教育(保育)による関与がない限り、ことばの意味を汲み取ることも、ことばを獲得することもできない。12)また、対人HH群に関しても同じように何らかの教育(保育)による関与がない限り、物の操作が進まず知的発達を遂げることが困難になる。

 つまり、両者とも、早期・長期にわたる教育-学習の支援を必要としている。

 その際、私たちは、対人交流活動エネルギーLL群にたいしては、「短時間、多回数介入(関与)の原則」13)を、対人HH群にたいしては「トンネル学習の原則」14)を提案している。(図2)

               

                 図2

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5.結論

①第2の新しい発達の原動力は、s・a・p三項関係の成立という能力だけでなく、活動エネルギー量も保存して次の階層へ向う。

②自然界を支配している法則(「ネーターの定理」)に従い、活動エネルギー量が保存されることによって、子どもたちの活動意欲は枯渇することなく、次の階層へ向うことができている。その際は、得意、不得意も個性として維持される。すでに1960年代には、対人積極性の高い学習者は、「教師による授業」(処遇)から、対人積極性の低い学習者は、「映画による授業」(処遇)からより多くのことを学ぶことが実験で確かめられている。15)

③s―a関係の対発生時における対人交流活動エネルギー量に著しい偏りがある時、その状態が「新しい発達の原動力」の発生時に保存されて、以後、偏りのまま維持される。

④対人交流活動LLの状態は、子どもを対物交流活動(「こだわり」「固執」)へと向かわせる。

⑤対人交流活動HHの状態は、物の操作をLL状態へと導く。

⑥両群とも自然界の法則により記述されることであり、「親の育て方の問題」という見方は〈両群ともに〉否定される。

⑦両群とも、そのままの環境では源泉を取り込むことができず、特別な教育-学習ルートの助けを求めている子どもたちだといえる。私たちの経験では、「もう、遅い」ということはなく、何才からでも教育による関与(支援)は可能であった。16)その際は、子どもたちの生きにくさ、学びにくさに考慮した学習方法の工夫が求められる。

 

 以上、段階の違いを越え、どこの学校にもいる活動エネルギーに著しい偏りを示す子どもたちは、自然界の法則と発達の段階論によって説明が可能である。結果、子どもたちの生きにくさ、学びにくさへの理解がひろがることが期待される。そして、共通理解を土台にした対人LLの状態にたいする、あるいは、対人HHの状態にたいする保育・教育現場における支援方法の検討、創造、交流が実現できるものと思われる。

 

[参考・引用]

1)T.M.デイビス(2013)宇宙のエネルギー保存則は破れているか.「別冊日経サイエンス196~宇宙の誕生と終焉」

2)レオン・レーダーマン小林茂樹訳(2008)「対象性~レーダーマンが語る量子から宇宙まで」.白揚社

3)南部陽一郎(2009)「自然法則の対称性とその破れ」.仁科記念講演

4)山田克哉(2018)「E=mcのからくり~エネルギーと質量はなぜ『等しい』のか」.講談社

5)エンゲルス著菅原仰訳(1970)「自然の弁証法」(1).国民文庫

6)嶋津峯眞監修生澤雅夫編集者代表(2003)「新版K式発達検査法」.ナカニシヤ

7)三省堂(2016)「現代国語辞典」

8)前掲4)

9)秋葉英則(1981)「乳幼児の発達と活動意欲」.青木書店

10)DSM-5

11)米沢好史(2018)「やさしくわかる愛着障害~理解を深め、支援の基本を押さえる」.ほんの森出版 

12)私たちが遭遇した事例は下記に収録されている。

 山田優一郎・國本真吾著(2019)「障害児学習実践記録~知的障害児・自閉症児の発話とコトバ」.合同出版

13)前掲12)

14)前掲12)

15)滝沢武久・東洋偏(1991)「教授・学習の行動科学」.福村出版

16)前掲12)