発達保障をめざす理論と実践応援プロジェクト

実践現場で働いている方たちを念頭に書き綴ります。間違いに気付いた時に修正・削除できるようブログでのみ公開。資料は自由にお使いください。

英語(単語)学習の記録① その日は突然やってきた  

           その日は突然やってきた                        

                     山田優一郎(人間発達研究所会員)                                           

 私は、英語が全くできない。高校は入学したのだから、中学校卒業程度のことは知っていたと思うのだが、もうあれから50年も経つ。現在、私は75才、後期高齢者になったばかりである。

 

 昭和30年代、私の島(鹿児島県沖永良部島)では自分も含め中学校で辞書を使っている子はいなかったような気もする。高校でも辞書をもっていたのか記憶がない。高校卒業後は就職を予定していたので、高校で何を勉強したのか記憶がない。

 中学校で習ったことでも、忘れていることも多いから、おそらく単語の知識は中学1~2年生というところだろうか。

 ところが、ひょんなことから、英語を勉強してみようかという気になった。それは、ネットで成人になっている自閉の子の「自傷行為」を目にしたことがきっかけだった。

 細身の体で自分より大きな息子の自傷をとめようと格闘している母親の姿は、気の毒でしかたなかった。ほんとうになんとかならないものだろうか。いったい、人はなぜ自分を傷つけるほどの行動をするのだろうか。

 私にとって「自傷行為」は見慣れていることではあったが、その青年が自分の部屋でひとりでいる時に自傷をはじめ、それを止めるためにかけ出す母親の姿をみて、「そんなこともあるのか」と、心が動いた。というのも、私たちの実践の結論は次のようになっていたからである。

 

 シン君の「自傷」もすさまじかった。それを止められとますます激しくなって、止めるほうともども、パニックにおちいった。シン君は、当時、中学部1年生の男の子だった。

 障害は、「脳性マヒ」「知的障害」。歩行開始は2.8才。ことばは、まったくなかった。

 ブランコが好きでそれができない時は草や本を触って、感触遊びをしていた。そして、1日に何度もオシッコの失敗があった。不安定な歩き方であったが、歩くことは何とかできたし、機嫌のいい時はひとりでジャンプして遊ぶこともできた。発達検査では、ことばの指示によって、目、鼻、口など体の部位をさわることも、身近な物の絵を指さすこともできなかった。

 シン君の「自傷」の内容は以下のとおりである。

 ・掌でほほをたたく。

 ・ゲンコツであごをたたく。

 ・床や壁に頭を打ちつける。

 

観察(トイレ前での「自傷」)

 教師が近づき大きな動作で声をかけてきた。その状況で彼は立ち上がった。きっと、ブランコへ行けると思っていたのだろう。だから、機嫌よくついてきた。トイレの入り口にきて、廊下とは違う床、男子便器が見える見慣れた空間に気付き、そこがどこであるかがわかった。その瞬間怒りがわいてきた。

「なんだ。ブランコじゃないのか。いいかげんにしろ」

「怒りの自傷」が始まった。

 

観察3(校門前での「自傷」)

 ここでは、教師からもっとひどい仕打ちを受けた。今度は、トイレを素通りし玄関まできた。そして靴をはきかえた。この状況で今度こそグランドに出てブランコに乗れると思ったに違いない。だから、玄関を出るとブランコのほうへ小躍りしながら向かった。しかし、事もあろうに「そこ違うよ」と止められたのだ。そして、校門近くにくると門があり、門扉があり、その向こうに道路が見える。この状況でブランコには乗れないことを察知した。今度こそ「いいかげんにしろ。ブランコじゃないのか。ややこしいことをするな」と「怒りの自傷」が始まった。

 

 このような私たちの側の伝達不足と子どもの側の思い違いからくる「怒りの自傷」。これをどうするか。私たちは、当時彼が受け取れるメッセ-ジ、私たちが彼に伝えることができるメッセ-ジを「環境言語」(以下「環境語」)とした。トイレの丸い入り口、廊下とはちがった床の色、見慣れた男子便器、独特の臭い――これらすべての環境全体から、彼は「トイレ」というメッセ-ジを受け取った。校門の門、大きな門扉、向こうに見える道路、そこへ向かっていく集団――これらの環境全体を把握して彼は、ブランコではなく外へ出ていく活動だと気がついた。だから「自傷」した。ならば、私たちも環境全体で彼にメッセ-ジを送ろう。これが私たちのいう「環境語」誕生の瞬間だった。

 

 自傷」場面における彼の内面をさぐっていく過程で構想された「環境語」は、その後も事例が追加された。たとえば、給食前にエプロンをかけると彼はニコッと笑うことがあった。いつもではなかったから、エプロンだけでなく、すでに給食準備をはじめている隣の教室からのおいしそうな臭い、みんな給食室に出かけていなくなった教室、そしてエプロン―――このような環境の全体を把握して彼はこの直後にくる楽しい時間、「給食」というメッセ-ジを受け取った。

 

 しかし、「環境」でメッセ-ジを伝える私たちのとりくみはツメが甘かった。どこまで具体化されたのか記憶がない。ただ、ブランコ行く時と外へ出かける時、出口をかえる、それだけで「環境語」となり、「怒りの自傷」は減少する。その程度のことはしたような気もするが定かでない。ほかにも行き先を知らせるために何かも持たせるなど、いくつかあったような気もする。

 ともあれ、シン君の声を聞くだけで彼の自傷は6ケ月後に半減した。「環境語」の具体化がもっとすすんでいたらもっと減少していたかも知れない。1)

 

 以上の私たちの実践からは、回りの大人が彼の内面を察知し、彼が大人たちの意図を理解することができれば「自傷」は、おきようがないのではないかと推測されるものだった。つまり、発達の段階論で説明できるものだった。しかし、ひとりでいる時に、自分の部屋で自由にすごしている時にも、自傷を始めるとなると、上記推測は「ほんとうのこと」ではないかもしれない。

 

 何か手がかりが欲しい。私は、「自傷行為の実態について」(国士館大学21世紀アジア学研究11号(2013)という論文を取り寄せてみた。一応、日本語で書いている部分は読めたのだが、もっとくわしく知りたいところ、引用がすべて英語なのである。

 

 これでは、もう、手も足も出ない。出典論文の入手方法はもちろん、論文のタイトルさえ読めないしわからない。どうしたらいいのだろうか。

 しばらく考えているうちに、もう、ひとりの自分がささやいた

 

「いっそのこと、英語を勉強したらどうや?」

 

 死ぬまでにはもう少し時間はありそうだ。いや、そんなにないかもしれない。しかし、わからない世界へ足を踏み入れるのは、何か楽しそうな気がした。

 幸いなことに今までの実践において、ことばの獲得で何が大切か、何年も考えてきたし、すっかりいくつかの法則が身についている。

 この年齢になって、自分を対象に実践の続きができる。それも楽しみなことだった。

 

 2024年3月。英検4級の単語テキストが届いた。案の定、2割ほどは知らない単語があった。しかし、すくにクリアし、3級に進んだ。3級は5割ほどの知らない単語であったが、3月中にクリアした。4月から2級にすすみ、4月末には2級もクリアした。

 ことばの学習やサインの学習と同じような方法で学習をすすめた。クリア(一度めの記憶完了)したというのは、単語をみて、自分なりの方法で読めて、意味がわかることである。

 

 しかし、それだけでは使えない。私たちの実践では、ことばやサインを教室の中の学習場面でいえるようになっても、生活で使えるようになるまでには距離があった。

 私たちは、前者を「教習所の中での運転」とし、後者を「路上運転」とした。両者は区別し、前者が先であったが前者だけでは、生活の中でことばを使うことにはならなかった。前者にはカ-ド(現物)や教師の声かけという手がかりがあり、後者にはそれがないからであり、学習場面において空間は一定であるのに対し、後者においてことばが必要な空間は、複雑であり、刻々と変化しているからである。

 なので、「路上運転」の学習が導入されてやっと、子どもたちのことばやサインはコミュニケーション手段になった。2)

 

 2級が終わったところで私の英語学習にも「路上運転」が必要だと考えた。

 5月の連休あけ。単語学習は、旺文社の「英単語ターゲット1900」に進んでいた。その中で次の単語が出てきた。

 

 Hierarchy=階層

 

 もちろん、私にとっては、初対面である。発音をチエックした。「階層」は、こんな表現をするのか。いったいこの単語はどんな使われ方をしているのだろう。

 そこで本ブログ「階層と段階の視点①」「はじめに」で引用したあの文章がさっと頭に浮かんだ。

 

「人間社会のありとあらゆるところには、自然発生的あるいは人為的な階層構造が形成されている。この社会の階層構造と同じように生物・非生物を問わず自然界にも自発的に形成される階層構造が多く存在している」坂口秀、草野完也、末次大輔(2008)3)

 

 上記文章をグーグルで英訳してみた。

 

Hierarchical structures, either naturally occurring or artificial, are found everywhere in human society. Just like social hierarchies, there are many spontaneous hierarchical structures in nature, both living and non-living.

 

 何とこの中で私が知らない単語は、spontaneousだけだった。多くの人は、この程度の文章で、と思われのかもしれないが、自分にとってはびっくりの事件であり、数ケ月前の自分とは、違った自分になっている気がした。

 俄然おもしろくなってきて、私は、続く次の自分の文章もグーグルに英訳をお願い (笑)した。

 

①歴史をひもとくと、人々は昔から人間が子どもから大人へと育っていく間にいくつかの節目があることに気付いていたことがわかります。

 

If we look back at history, we can see that people have long been aware that there are several milestones in the growth of humans from childhood to adulthood.

 

 私の記憶の倉庫にストックされていたaware、やseveral、growth 、childhoodは、こんな使われ方をするのかと納得した。ここではmilestonesだけが、私の単語帳にストックされていなかった。

  spontaneous  =自然に出てくる、自発的な英辞郎 on the WHB」

  milestones=〔歴史・人生・計画などにおける〕画期的出来事[事件]、節目、重

        要なポイント英辞郎 on the WHB」

 

  このふたつの単語は、さっ速、記憶対象の単語帳に加えた。ひょっとしたらこれからのターゲットに出てくのかもしれない。

 グーグルの訳の1割程度は、誤訳があると報道されている。 上記のグーグルの訳が適切なのかどうか、それは、今の私の力では皆目検討つかない。しかし、この方法でとりあえず、英語学習の「路上運転」が楽しくできることがわかった。自分の文章の英訳なので記憶されている単語の使われか方がすぐわかる。

 

 さて、①に続くブログの文章は、次のとおりである。

元服の始まりは、奈良時代

③室井(2011)は、 全国調査によって15歳前後の若者に対していわゆる現代版「元服」が昭和の時代まで日本各地に存在していたことを明らかにしています。

 

  グーグルが「奈良時代」をどう訳するのか、「元服」をどう訳するのか、私には、想像もつかない。

 

[引用・参照文献]

1)山田優一郎・國本真吾(2019)「障害児学習実践記録~知的障害児・自閉症児の発達とコトバ~」合同出版

2)1)に同じ

3)坂口秀、草野完也、末次大輔(2008)「階層構造の科学~宇宙・地球・生命をつなぐ新しい視点」.東京大学出版会

 

読んでいただいた皆さんへ

※この実践は、自分を対象にしています。したがって、卒業がなく永遠に続きます。一方、誰もが高齢になってくると何らかの障害を負います。継続が困難になった場合は、予告なくこの連載は中断(打ち切り)となります。

※このブログ(日記)のアップは、不定期です。