発達保障をめざす理論と実践応援プロジェクト

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階層と段階の視点⑩-1 発達における階層の発見で何がわかったのか~「生後第1の新しい発達の原動力」

 

「生後第1の新しい発達の原動力」を対  称性の原理で説明してみた(第3稿)

                       

                   山田優一郎(人間発達研究所会員)                

 

「私たちが法則を発見できるのは、自然界に対称性があるからだが、それだけでなく、自然のもつ階層性のおかげである。」

(板東昌子1996「物理と対称性」みすず書房

 

 ーーー自然現象が、対称性を含む理論によって説明できれば、その説明はもっと満足のいくものになると考えられた。そうすれば、その理論は自然についてさらに奥深い真実を明らかにするだろう。理論そのものが、さらに信頼のおけるものになるはずである。

 レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル小林茂樹訳(2008)「対称性~レーダーマンが語る量子から宇宙まで」.白揚社

 

 自然界に階層と対称性が存在するおかげで、「階層-段階理論」における新しい発達の原動力は次のように説明できる。

 

 新しい発達の原動力は、各階層の第2段階の対称性(対対称)の発生にはじまり、その段階の終りに生じる対称性の「破れ」による新しい発達の力として誕生する。

 

 つまり、田中(1987)1)によって発見された「新しい発達の原動力」は、階層と対称性の原理によって説明可能である。

 

 本ブログで説明してきた新しい発達の原動力は、次のようなものであった。

➊新しい発達の原動力は、各階層とも第2段階の後期に発生する。➋新しい発達の原動力は、第3段階への移行をひきおこす。❸各階層とも第3段階において、新しい交流の手段が獲得される。➍新しい交流の手段は、次の階層において主要な交流手段となって発達の全過程を主導する。(ブログ「階層と段階の視点」⑮)

※)新しい発達の原動力の発見は、「新しい交通の手段の萌芽」の発見から始まっている。(ブログ読後感想 田中昌人著「人間発達の科学」の「矛盾」について(続き) ~「内」と「外」、新しい発達の原動力への影響)

 

 ここでは、階層と対称性の原理に基づいて「生後第1の新しい発達の原動力」について検討する。

 使用する物理学上の定義は、以下のとおり。物理学でいう「運動」は、子どもの活動であり、「変換」は、子どもに対する回りからの一般的な働きかけである。 

 

定義1 「対称性」2)自然法則の対称性は、ある対象に対してある変換を行った時、その自然法則が変わるか変わらないかであり、変わらない時、その法則は対称性をもっていると言う。

定義2 「対称性の破れ」3)=「対称性が壊れている」「対称ではなくなる」という意味である。

定義3 「並進対称性」4)=空間の並行移動という変換を行っても法則は変わらないことをいう。例)東京で実験をやろうが大阪で実験をやろうが物理の法則は同じ。

 

1.乳児前期(感覚の階層)第2段階(3ケ月~)の対称性

①生後3ケ月頃,どの赤ちゃんにもみられる現象がある。「社会的微笑」といわれるものである。世界中の赤ちゃんが同じことをするというのだから、不思議なことである。きっと、人間の赤ちゃんの内部に何か共通のシステムがあると考えるほかない。「社会的微笑」とは何か。ドイツの医者テオドール・ヘルブルッケ5)の記述は次のようになっている。

 

「社会的微笑」

 今やその微笑みは赤ちゃんの行動や態度の中の確固たる要素となってきました。赤ちゃんは、動いている人間の顔を正面からじっとみつめると、いつも笑顔をもって反応することでしょう。見知らない顔であっても、すべてこの月齢(3ケ月)では、赤ちゃんの微笑みをおこすことができましょう。

 

 日本において標準化されている発達検査の内容は次のとおり。

 

「微笑みかけ」6)(2ケ月越~3ケ月)~検査者などに対して、自発的に微笑みかける。

 

 要するに誰に対しても微笑むのである。では、社会的微笑みを可能ならしめているもの、その背後にある力は何なのだろうか。田中(1980)7)は、外界の刺激を「線」的に受け止めることができる力とした。たしかに、誰に対しても微笑むのは、自分の目と大人の目を線でつなぐ力を必要としている。外の世界の刺激と線でつながる力は、「がらがら」を一方の目尻から他方の目尻まで眼球を動かしての追視を可能にする。8)結果、赤ちゃんは、自力で見ることができる範囲をひろげ、回りの世界を知ることになる。知る範囲が広がれば広がるほど「刺激-見る」活動は、強化されていく。

 

 ②さて、「誰にたいしても、自発的に微笑む」という法則は、一般的な働きかけ(変換)に対してかわらないのであるから対称性があるといえる。(定義1)

 図にすると図1のようになる。                  

                  図1

                  

 定義1の法則は、空間を選ばない。したがって定理3の並進対称性があるといえる。しかし、赤ちゃんが生きて活動している限り、いつか対称性は「破れ」、新しい力が誕生する。すなわち、「破れ」によって、s→a(他者多数)の法則でない別の法則が働く。

 

 2.乳児前期(感覚の階層)第3段階(5ケ月)の対称性

①5ケ月になると赤ちゃんの微笑みは、次のように変化する。

 ―――母親や普段親しく接してくれる人には声をだして笑いかけるが、見慣れない人には、じ-っと見つめるなど「選択的微笑」になってくる。9)

 それまで色々な人に笑顔を見せていた赤ちゃんの微笑みが様がわりする。つまり、笑顔を見せる人を自分の意思で選択するようになる。

 

 ここでも「選択的微笑」を可能ならしめているもの、その背後にあるものを探る必要がある。田中(1980)は、外界の刺激を「面」的に受け止めることができる力だとした。  たしかに、人の顔を「面」的に受け止めることができないと他者を選択できない。「面」的に受け止めているからこそ「イナイナバー」を楽しめる。

 

②5ケ月になり、乳児の「誰にたいしても、自発的に微笑む」という法則は、すっかり、かわり「選択して微笑む」へと変化した。(図2)

                 図2

            


 「人を選択して微笑む」という法則は、一般的な働きかけ(変換)に対してかわらないのであるから対称性があるといえる。(定義1)また、「選択して微笑む」という法則は空間を選ばない。したがって定理3の並進対称性があるといえる。

 

③田中(1988)10)は、4ケ月頃に新しい発達の原動力が発生するとした。本ブログで説明してきた新しい発達の原動力は、以下のとおりであった。(再掲)

 

 ➊新しい発達の原動力は、各階層とも第2段階の後期に発生する。➋新しい発達の原動力は、第3段階への移行をひきおこす。❸各階層とも第3段階において、新しい交流の手が獲得される。➍新しい交流の手段は、次の階層において主要な交流手段となって発達の全過程を主導する。

 

 上記説明に照らして「選択的微笑」の誕生と、その後の展開をみていこう。

➊生後第1の新しい発達の原動力は、「選択的微笑」のきざしとして第2段階の後半、4ケ月頃に対称性の「破れ」として発生する。

➋「選択的微笑」のきざしを原動力として第3段階への移行が引き起こされる。「選択的微笑」は、第3段階(5ケ月頃~)において花を開かせる。

➌他者を選択できる力によって、母親を選択することが可能となり、微笑みを中心にした母親との交流がはじまる。母親との微笑み交流は、母親との心理的一体感を育む。

➍第3段階において獲得された交流の手段、大人との「微笑み交流」は、次の階層において主要な交流手段となって発達の全過程を主導する。

 

 ここまでみてきたように「微笑み交流」への道を開く、生後第1の新しい発達の原動力は、子どもの自身の内なる活動(物理の運動)によって、対称性の「破れ」として、自然の摂理として発生する。

※「微笑み交流」~他者を選択できる時期から始まる大人との微笑み・表情・発声などによる交流

 

     一方、ヴィゴツキ-(2014)11)は、乳児の意識に生じる最初のものを母親との「始原われわれ」意識とした。そして、母親との「始原われわれ」意識こそ乳児期の「新形成物」であり、その後の発達の出発点になるとした。大きくなって、自分がわかってからの「私」を含む普通の「われわれ」ではなく、もっと前の「始原われわれ」という意識である。ヴィゴツキ-は、ドイツ語の文献の中からぴったりの表現をみつけたとして「始原われわれ」意識と命名した。大阪弁でいうと「始原わたしら」だろうか。わたしは、それよりも「わたしらツレ」意識と表現したほうがぴったりかなと思うのだがどうだろう。「ツレ」をつけることで運命共同体感が加わるからである。

※新形成物=「それぞれの年齢段階の発達の全過程を先導し、子どの全人格を新しい基礎のもとに再編成する基本的で中心的な新形成物」12)

 

 何もないところからは、何の意識も生まれない。「階層-段階理論」の乳児前期第3段階に獲得される母親との微笑み、表情、発声などによる交流活動こそが母親と「始原われわれ」意識を育む母体だといえる。みてきたように田中は、新しい発達の原動力の発生を4ケ月頃とした。そして、第3段階(5ケ月~)で獲得される新しい交流の手段、微笑み交流は、次の階層、ことばによる交流がはじまるまでの発達の全過程を主導する。ヴィゴツキ-もまた、乳児のはじめての意識、「始原われわれ」意識を乳児期の新形成物とし、乳児期の発達の全過程を先導すると考えた。「始原われわれ」意識を育むのは、母親との微笑み交流なのであり、けっきょく、ふたりの天才は、同じ発見をしていたのかもしれない。

 

④ところで、ヴィゴツキ-は、次のような実験を紹介している。13)

1.遠くにある世界は、乳児にとっては存在しないかのようです。モノそのものは、子どもから遠ざかるにしたがって、情動的誘因力をうしなっていきます。

2.しかし、この力は、モノの隣に、モノのすぐ近くに、モノと同じ視界に人間が現れるや否や、以前のような強さをとり戻します。

 

 手が届かず離れたところにあっても、人のそばにあるモノは、子どもの近くにあり自分自身の努力によって、手にいれられるモノとまったく同様の情動的動機を喚起する力があることを実験結果は物語っている。

 この実験において、遠くのモノにも情動的願望が子どもにわきおこるのは、心理的共同体、つまり、「始原われわれ」意識の条件下にほかならないとヴィゴツキ-は説明する。したがって、子どもが外界の手が届かない距離にあるモノを知っていくためには、「始原われわれ」意識が育つことが必要であり、「始原われわれ」意識を育む、乳児前期第3段階における「微笑み交流」もまた必要不可欠なものだといえる。

 以上によって、赤ちゃんは「微笑み交流」と、そこから生まれる母親との「始原われわれ」意識のおかげで、手の届かない遠いところにあるモノでも知ることができる仕組みになっていることがわかる。

 

3.次の新しい階層(認知の階層)第1段階(7ケ月~)の対称性

①田中(1987)14によれば、乳児後期の第1の段階は、7ケ月頃から始まる。この時期に世界中の子どもたちにみられる反応がある。いわゆる「人見知り」である。人見知りは、乳児にみられる見知らぬ人に対する拒否反応のことである。15人生において、はじめての積極的拒否がはじまる。いつでも、どこでも、いつもの顔と見知らぬ人を瞬時に判別できるのであるから、外の世界への認知は相当進んできた証であり、「人見知り」前とは、一線を画する大きな変化である。認知とは、外の世界を認識することであり、ここから、ことばの認識へと発達し、思考の発達へとつながる。したがって、7ケ月の「人見知り」は、大人の思考への飛躍の第一歩だといえる。

※「認知」~外界を認識すること(「広辞苑岩波書店 

 

 田中(1980)は、この年齢期を外界と一つの結び目をつくって外界認知をひろげていく時期とした。堀江(1979)16) は、見慣れた大人を見つけると「ア~」といってよびかけますが、見知らぬ人だと無言、と記録している。認知の階層第1段階の乳児は、堀江(1979)の記録にあるように選んだヒトに対し積極的に関わる。モノとはどうか。他者を一瞬で峻別できる力は、周囲のモノにたいする認知も進める。7~8ケ月の乳児は「おもちゃを詳しく眺めるために、喜んで両手で物を受け取り、それをまわしたり、向きをかえたり。」17)「物をひっくりかえす。ひっぱる。うちつける。」18)

 選んだ人、モノと積極的に、そして一方的につながるので、赤ちゃんに開かれているチャンネルはひとつである。

 乳児は、開かれているチャンネルを結び目に全力をあげて外界とつながり、周囲の事物への認知をひろげていく。ピアジェは、興味ある結果を持続させるのが目的で繰り返しなされる様を「第2次循環反応」19)と名づけた。ビアジェのいう「第2次循環反応」期は、4~8ケ月20)であり、「階層-段階理論」の新階層の第1段階(7~8ケ月)は循環反応期にあたる。

 

②s=外界の「個」を選ぶ主体としての赤ちゃん、a=選ばれる「個」としての大人、p=選ばれる「個」としてのモノとしたとき、外界とひとつの結び目をつくり、一方向、一方的につながっていく7ケ月頃からの赤ちゃんの活動は、図3のようになる。(図3)

                    図3

                 

 上記、s主体(赤ちゃん)、外界のa人、pモノとの間には、ひとつの結び目をつくって、一方的につながっていくという法則がが存在し(定理1)、その法則の発揮は、空間を選ばない。したがって定理3の並進対称性があるといえる。

  ここまでの対称性の変化は図4のようになる。

                        図4

 人間の発達における階層の存在と対称性の原理は、各階層とも第2段階から次の対称性が発生することを明らかにしている。したがって、乳児後期第1段階の対称性は、最終形であり、以後微笑み系における「破れ」は生じない。つまり、上記乳児後期第1段階のsーa・pの対称性は永遠に維持される。

 

 「対称性とは、変換に対する物体または系の不変性である。」(レオン・レーダーマン)21)

 

 対称性のもつ不変性のおかげで、わたしたちはその後も興味ある人・モノをみつけることができている。そして、第2段階において発生する対称性(対対称)が次の主役として登場する。

 

 さて、以上によってここまで獲得してきた産物は、不可逆的な発達の力として確定する。もちろん、「微笑み交流」も、不可逆的な交流手段として保存される。(図4)私などは、今でも話しことばによる交流がはじまる前の、または合間の交流手段として活用している。

※)追記~乳児第1段階の対称性が生涯にわたって維持されるということは、別の角度から冷静にみた時、深刻な問題を提供する。外の世界に一方的に一方向で働きかける事物が自分の体の一部(モノ)にに固定され、そこから得られる感覚(コト)に刺激を求める活動が習慣化した時、その活動は生涯わたって維持されることになるからである。同じように特定のモノやコトに対する強烈なこだわりについても、モノやコト自体は変化することがあっても、一方向でかかわる力は生涯維持される。

 上記説明によって、「強度行動障害」についても、その一部は発達論として、つまり誰もが通ってきた共通の発達のすじ道の中でおきていることとして説明することが可能となる。乳児期第1段階の対称性が「破れ」ないことの証明により、どんな激しい行動障害もその一部は、普遍的な発達の中に位置づけことができるように思われる。しかし、このままは、「強度行動障害」を解釈したにすぎない。上記理解の上に立って環境を整える何かを引き出す必要がある。

 

4.胎児期の対称性

①前述のように自然界に階層と対称性の原理によって、これまでに明らかになっていることは次のようなことである。

 

 新しい発達の原動力は、各階層の第2段階の対称性(対対称)の発生にはじまり、その段階の終りに生じる対称性の「破れ」による新しい発達の力として誕生する。

 

 田中(1987)は、人は反射を獲得して出生するとした。田中のいう反射は、原始反射のことである。原始反射とは何か。

 原始反射とは、赤ちゃんにみられる特定の条件で起こる刺激反応のことである。22原始反射の始まりは、妊娠5ケ月頃からとされている。(松田2024)

 

 上記説明から原始反射は、「刺激-反応」の対であり、はじまったばかりの原始反射の反応は局所的であるから「刺激-点反応」になることが予想される。(図5)また、原始反射は刺激―反応という対対称の発生であることから、階層と対称性の原理によれば、妊娠5ケ月頃は胎児期の第2段階にあたることが推定できる。    

                 図5 

             

                                           

 しかし、赤ちゃんが活動している限り、この法則は、やがて「破れ」て次の法則へ変化する。

 

②堀江(1979)23)によれば、胎児期の次の区切りは、妊娠8ケ月である。なぜ、ここが区切りになるのか、妊娠8月になると胎児は、1500㌘くらいの重さになり、9ケ月末になると、ほぼ「完成した赤ちゃんの状態」(堀江1979)になる。完成した赤ちゃんの状態にむかって質的転換を遂げる月が妊娠8ケ月頃なのである。妊娠中毒症がおこりやすい時期としても知られていて母体の負担も質的に変化する。この時期に反射活動も完成した赤ちゃんの状態にむかって、ギアチェンジが必要となる。すなわち、全身で反応するために「刺激――面反応」へと変化する必要に迫られる。(図6)

                  図6

               

 こうして、どの赤ちゃんも原始反射を充実させてこの世に誕生する。ちなみに、原始反射の形の上での対称性は古くから知られていて、吉田(1994)24)は、原始反射に左右差がある時は、部分的な運動機能の異常が疑われるとしている。

※田中(1980)は、胎児期の階層を第1段階(胎齢8週~)、第2段階(胎齢16週~)、第3段階(胎齢26週~)としている。

 

5.乳児前期(感覚の階層)第1段階(1ケ月頃~)の対称性

 原始反射の中枢は、大脳皮質よりも下位の脳幹及び脊髄である。やがて、大脳皮質が成熟発達してくると自発運動が原始反射にとってかわるようになる。(吉田1994)

 この時期の赤ちゃんにはどのような特徴があるのか。ピアジェは、「親指を吸う」という行動(1ケ月~)に注目し反射活動とは区別される全く新しい獲得性の行動の現れとした。25一方、田中26)はガラガラや鐘などを鳴らすと身動きをやめる行為をこの年齢期(1ケ月~)の特徴とした。音によって身動きをとめる行為は、原始反射にはないのであるから、これも皮質性の活動だといえる。なんと、「階層-段階理論」の乳児期の階層のはじまり(生後1ケ月)は、脳幹・脊髄を中枢とする反射から、大脳皮質性の活動への質的転換だったのである。図にすると次のようになる。

                 図7

             

 さて、これらの行為の背後にあるもの、これらの行為を可能ならしめている力は何なのだろうか。田中は、外界の刺激を「点」的にうけとめて可逆交通する力とした。たしかに親指吸いやガラガラなど少なくとも一点からの刺激を受け止める力がないと指吸いも、音で身動きをとめることも出きようがない

 ともあれ、赤ちゃんは、脳幹・脊髄を中枢とする反射から脱し、大脳皮質を中枢とする刺激-自発運動(吉田1994)を繰り返しながら、次の段階へ向っていく

 運動機能は第2段階までの間に次のように発達する。座位を獲得し、両手で世界を操るための輝かしい第一歩だといえる。(表1)

                  表1

 

0 ~ 1ケ月

3~4ケ月        

座位

頭をたれる 

頭を直立 安定+

腹臥位

床に頬をつける

肘支持 頭上げ+

 

 

両脚をのばす+

手・指

両手とも握る

両手を開く+ 両手をふれあわす+

 

すぐ落とす

つかんで離さぬ+ 自発的につかむ+

 

 

両手にもつ+    片手でふりならす+

出典:嶋津峯眞監修生澤雅夫編集者代表(2003)「新版K式発達検査法」.ナカニシヤ

 

 ここまでの対称性の変化は次のようになる。(図8)

                 図8

 

 図8の乳児期第1段階の対称性は、最終形であり、以後、反射系における「破れ」は生じない。次の段階から新しく、対称性(対対称)が発生するからである。したがって、大脳皮質-自発運動の対称性は永遠に維持される。おかげで、わたしたちは、今でも運動能力を高め、維持していける仕組みになっている。結果、ここまでに獲得された表1の産物は不可逆的な力として確定する。

 

 新しい発達の原動力とは、次のようなものであった。

 ➊新しい発達の原動力は、各階層とも第2段階の後期に発生する。➋新しい発達の原動力は、第3段階への移行をひきおこす。❸各階層とも第3段階において、新しい交流の手段が獲得される。➍新しい交流の手段は、次の階層において主要な交流手段となって発達の全過程を主導する。

     

 胎児期第2段階においては、上記「新しい」がつく原動力は発生しない。図5の刺激-点反応という活動に他者と交流する要素は含まれていない。なぜなのか。胎児期第3段階において、新しい交流の手段を必要としないからであり、それが自然の姿だからだといえる。自然界の一部として説明できる人間の発達は、必要な階層にだけ「新しい」がつく発達の原動力を発生させる。なお第3段階への移行は、「新しい」がつかない通常の原動力によってひきおこされる。

 ちなみに「新しい」がつく発達の原動力は、成人までの間に4回発生することが田中によって発見されている。(表2)

                表2

                

6.以上の手続きと考察によって導かれる可逆操作の基本操作、媒介、産物は以下のようになる。(表3)

            表3 可逆操作による発達の階層と段階

備考

 可逆操作は、人が当該発達年齢期において、外の世界へ働きかけ、産物をとりいれる際の中心となる活動のカテゴリーである。上記表の可逆操作は、年齢期ごとに知的発達の水準である基本操作、基本操作の媒介となる活動、活動によって獲得される産物が抽出されている。基本操作は、媒介と産物の間を可逆し、循環しながら、自己発達を遂げる。

 田中(1987)は、人が大人になるまでの間に可逆操作の単位が高次化する5つの階層((hierarchy)が認められるとした。各階層には操作変数が1から3まで発展的に増大する3つの段階(stage) がある。(表は、その一部)なお、可逆操作力とは、表の基本操作力のことであり、可逆操作関係とは、その時期の媒介活動において必然となる人間関係のことである。

参照

①「基本操作」~「外界の世界をとり入れ、新しい活動をつくりだし、それを自らの内面にとりこんでいく際の基本操作」(田中昌人「人間発達研究所通信(6)31.15」)

②「媒介」~「媒介性と同時に直接性を含んでいないものは、天にも自然にも、精神にもおよそどこにも存在しない」(ヘーゲル倫理学」第1巻)
③「産物」~「人間は自然や人間社会・・・に働きかけ、新しい活動や産物を創出しつつ自分の本性を発達させていく」(田中昌人「人間発達の科学」)                                           

④「自発運動」~吉田(1994)は、大脳皮質か成熟、発達してきたことによる大脳皮質を中枢とする運動を「自発運動」としている。「発達心理学辞典」.ミネルヴァ書                                             ⑤「微笑み交流」~他者を選択できる時期から始まる大人との微笑み・表情・発声などによる交流                                  ⑥「認知」~外界を知ること(「広辞苑岩波書店、「発達心理学辞典」ミネルヴァ書房)                    ⑦「①の目安」出典~嶋津峯眞監修生澤雅夫編集者代表(2003)「新版K式発達検査法」.ナカニシヤ

 

7.まとめ

①前述のように物理学は、自然現象を学問の対象としている。人間も、自然の一部であり、人間の発達も、物理学が明らかにしている一般法則によって説明可能である。ここでは、田中(1987)が発見した「生後第1の新しい発達の原動力」の発生を対称性の「破れ」によって説明した。

 

②「生後第1の新しい発達の原動力」が次の階層で発達を主導する力になっているかについて検討した。対称性の展開図は、4ケ月に発生した「選択的微笑」のきざしは、次の階層まで保存されていることを示している。(図4)「微笑み交流」として結実した「生後第1の発達の原動力」は、次の階層において主要な交流手段となって発達の全過程を主導することになる。

 

③乳児前期(感覚の階層)の第1段階の対称性を明らかにするために胎児期からの対称性について検討した。

 

④①~③の手続きによって、乳児前期(感覚の階層)と後期(認知の階層)第1段階の可逆操作の基本操作、媒介、産物を表3のように仮定した。

 

[引用文献]

 1)田中昌人(1987)「人間発達の理論」.青木書店

2)3)4) 小林誠(2009)ノーベル受賞記念講演~対称性の破れとは.「学術の動向」第14号6号

5)デオドール・ヘンブルッケ他著監訳村地俊二訳福島正和(1980)「赤ちゃんの発達」.同朋舎

6)嶋津峯眞監修生澤雅夫編集者代表(2003)「新版K式発達検査法」.ナカニシヤ

7)田中昌人(1980)「人間発達の科学」.青木書店

8)前掲5)

9)河原紀子監修・執筆(2011)「子どもの発達と保育の本~0才~6才」.学研

10)前掲7)

11)ヴィゴツキ-著柴田義松他訳(2014)「新児童心理学講義」.新読書社

12)中村和夫著(2010)「ヴィゴツキ-に学ぶ子どもの想像と人格の発達」.福村出版

13)前掲11)

14)田中昌人(1987)「人間発達の理論」.青木書店

15)日上耕司(1994)「発達心理学辞典」.ミネルヴァ書房 

16)堀江重信編著(1979)「赤ちゃん~妊娠・出産・育児の百科」.新日本出版社

17) デオドール・ヘンブルッケ他著監訳村地俊二訳福島正和(1980)「赤ちゃんの発達」.同朋舎

18) 前掲16)

19) ピアジェ著谷村覚・浜田寿美男訳(1978)「知能の誕生」.ミネルヴァ書房

20)芳賀純(1994)「発達心理学辞典」.ミネルヴァ書房

21)レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル小林茂樹著(2008)「対称性」白揚社

22)松田玲子(2024)【助産師監修】原始反射とは? 種類と消える時期について|ベビーカレンダー (baby-calendar.jp)

23)前掲16)

24)吉田菜穂子(1994)「発達心理学辞典」.ミネルヴァ書房

25)ピアジェ著谷村覚・浜田寿美男訳(1978)「知能の誕生」.ミネルヴァ書房

26)前掲7)

 

資料

 2022年までに確定すことができた可逆操作の試案は、以下のとおり。

     

    表 可逆操作による発達の階層と段階(認識・思考の階層)

備考

 基本操作によって、今何が大切な時期なのかを知ることができる。媒介活動を知ることによって、何をしたらいいのかがわかる。また、産物によって、子どもが、今もっている可逆操作を発揮できているかどうかを知ることができる。

参照

①「基本操作」~「外界の世界をとり入れ、新しい活動をつくりだし、それを自らの内面にとりこんでいく際の基本操作」(田中昌人「人間発達研究所通信(6)31.15」)

➁「媒介」~「媒介性と同時に直接性を含んでいないものは、天にも自然にも、精神にもおよそどこにも存在しない」(ヘーゲル倫理学」第1巻)

③「産物」~「人間は自然や人間社会・・・に働きかけ、新しい活動や産物を創出しつつ自分の本性を発達させていく」(田中昌人「人間発達の科学」)                                                                  ④「認識」~ものごとをはっきりととらえ、理解して見分け、判断すること。                                  ⑤「思考」~論理的に考えること。                                                          ⑥「概念」~物事の概括的な意味内容のこと。概念は言語によって表現される。                                              ⑥「①の目安」出典~嶋津峯眞監修生澤雅夫編集者代表(2003)「新版K式発達検査法」.ナカニシヤ

 

経過

①資料は、過去ブログのものに若干の修正を加えました。上記表では、田中オリジナルの造語は避け、一般的に使用されていることばにしました。そうすることで、すでにピアジェによって定義されている、「可逆操作」(reversible operation)との違いが誰にでもわかるようになるからです。

 

②また今回、これからの若い方たちが英訳しようとした時、今までの説明では大変苦労することに気づきました。たとえば、ここで乳児期後期の階層名にしている「認知」は、世界の共通語であり、Cognitionと訳されます。ところが、連結はLinking と出ます。階層は発達の単位であり、Linking を発達の単位として外国の方たちに英語で説明するのには大変な苦労がいるのではないでしょうか。ちなみに、「示性数」を、グーグルは、Figure of merit と訳します。「功績の数字」という意味です。「示性数1段階」は、Figure of merit 1 stageとなります。説明を相当工夫しないと、もう何が何だかの世界になってしまいます。そのため、今回からできるだけ多くの方に伝わることばにしました。そして、田中の業績を世界に伝えるできるよう英訳しやすいものにしました。

 

③今回から、「階層-段階理論」関連の資料をはじめて読まれる方がいることを念頭に、可逆操作、可逆操作力、可逆操作関係は、その都度説明を加えることにしました。私自身が「階層-段階理論」を理解していくためのこの三つの用語の意味が理解できず、どこを調べても出てこず、何十年も苦労してきたからです。可逆操作については、定義(説明)の有無を今だに調査中です。

 

※)読んでいただいた皆さんへ

 乳児期の可逆操作は、私では手がつけられないとずっと考えていました。実践してきた子どもたちが一番重い子でも示性数3段階であり、現実の子どもについて想像できないからです。しかし、ブログ連載のため「人間発達の科学」の可逆操作にかんする記述を調べていく機会があり、その調査の結果は、周辺情報はあるものの可逆操作そのものについての説明は見あたらないというものでした。(詳細は後日ブログでupします。)

 ところが、そこにはジェスチャーゲームのヒントのように「可逆操作とは何か」を考えるヒントが散らばっていたのです。これをヒントにすれば階層と対称性の法則によって、乳児を実践したことがない私でも乳児期の可逆操作に接近できるかもしれないと考えました。

 そのため英語学習のブログを一時中断して、乳児期の可逆操作について考察することにしました。本日のブログは、その結果の報告です。どこかで、リアルな乳児の姿とズレがあるのでは・・・・と不安ですが、皆さんのたたき台として提供いたします。

 残り乳児期後期の第2・3段階を現在考察中です。