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発達の階層構造を相転移として捉える理論モデル
ー複雑系科学に基づく障害児教育のための発達段階論
山田優一郎(人間発達研究会員)
1.はじめに
人間社会および自然界には、自発的あるいは人為的に形成される階層構造が広く観察される(阪口,2008)。田中昌人(1980)は、人間の発達過程において、乳児期から成人に至るまでにいくつかの階層とその中に三つの段階(層)が存在することを明らかにし、発達を自然界にみられる階層として捉える視座を提示した。人間もまた自然の一部であり、その発達過程は自然科学的原理によって記述可能であると考えられる。
一方、複雑系科学においては、相転移や階層構造が重要な概念として位置づけられている。菅野(2013)は、自己組織化において相転移が決定的な役割を果たし、それを通して新たな階層が形成されることを指摘している。この観点からみると、人間の発達もまた、複数の要因が相互作用する中で新たな構造が生成される複雑系として理解することができる。
本研究は、発達の過程を複雑系として捉え、物理学の概念を用いて再定式化することを目的とする。そのために、本稿では田中の階層段階論を基盤としつつ、物理学における「対称性」および「対称性の破れ」の概念を導入し、各発達段階を安定構造として、段階間の移行を相転移として記述する。
さらに、本研究では発達段階の内部構造を「知的操作・媒介活動・発達的産物」と明確化し、発達検査項目を段階把握の「目安」として位置づけることにより、子どもの現在の発達段階に応じた媒介活動の構築を可能にする理論的基盤を提示する。また、高次概念形成を既存の知的操作の再帰的適用として捉えるRepeat仮説を提案し、障害児が同一段階内においてヨコへ発達する可能性を理論的に位置づける。
このように、発達を自然科学的枠組みによって記述することは、レーダーマン(2008)が指摘するように、対称性に基づく理論は自然理解、すなわち子ども理解を深化させることにつながると考えられるからである。また、発達の自然科学による説明は、多くの人々と子ども理解の共通の基盤をつくることに貢献し、障害児の保育・教育・療育における実践の共有と協同を促進する点において重要な意義をもつと考えられるからである。
2.用語の定義 本稿で用いる主要な概念について、以下のように操作的に確定し以降の論考を進める。
①階層(hierarchy) 発達を支える構造的秩序の単位。階層は一定の構造をもち、秩序(規則的な順序)原理によって特徴づけられる。
②発達の線形・非線形
②-1 線形(linear):一定の法則で直線的に進むことを意味する。ある原因Aが一定の割合や順番で進み、結果Bを生むとき「AとBは線形である」と表現される。
②-2 非線形(nonlinear):「直線的ではない」「曲がり」「逆戻り」がある複雑な変化を意味する。子どもの発達の停滞と加速、また前の状態に戻ってしまう状態など。発達の相転移(質的転換)は、ゆらぎ、回帰などの非線形現象を伴う。
③相転移(phase transition) 臨界点付近の不安定な状態にある物質系が、突如質的な変化を起こす現象。相転移は対称性の破れをともなうと同時に新たな別の対称性を創発する。
④秩序変数φ(order variables) 相転移において新たにあらわれる秩序を定量的に表すために導入される物理量。
⑤関数(function) 入力する値(x)によって決まる出力する値(y)のこと。f(x) = y の時、x:入力、y:出力。
⑥自由エネルギー関数(Free Energy Function) 物質がどの状態(谷=安定状態)に落ち着くかを決める理論的な関数。臨界点を越えると地形が変わり、ボールが別の谷へ移るように相転移(質的転換)が起こる。レフ・ランダウは、相転移現象はひとつの公式で記述可能であると提唱した。公式から導かれるグラフは「自由エネルギー曲線(ポテンシャル曲線)」と名付けられている。
⑦媒介活動(Mediation activities) 知的操作によって外界から心的産物を吸収する際の中心となる活動。媒介活動は知的操作の質的転換にともない自然に形成される。媒介活動の中で人格につながる力も育まれる。
3.理論的背景
3.1 発達の階層段階理論
人の発達段階という点と自然界にみられる階層という点をつないだことにおいて、田中(1980)の階層段階理論は、画期的な理論であった。田中による階層段階理論は、障害の有無にかかわらず共通する発達構造を提示した点で高く評価され、特に障害児教育の発展に大きく寄与した。しかしながら、田中の理論は、当初より概念規定が不明確であり、他者とのコミュニケーションに資する説明が十分になされていないとの批判が存在していた(茂木,1977)。浜田(1980)は、可逆操作の概念が曖昧であり、回転可逆操作、連結可逆操作、次元可逆操作について、この用語群がどういうことをさすのかといえば、それが、少なくとも私には、あまり明確でないと指摘した。
加藤直樹(1990)は階層段階理論に関して、現段階では研究自体に一定の制約があることを指摘し、当該理論が時代的制約のもとにあることを示唆している。さらに、その中核概念である「可逆操作」は現在に至るも依然として抽象的であり、段階の高次化をどのように判断・測定するのか困難であることも指摘されている(赤木,2011)。
加藤義信(2014)は、グランドセオリーが教育実践における指針としての役割を果たし得なくなった要因の一つとして、実践の場において子どもを理解し、適切に働きかけるための十分な力をグランドセオリー自体が失っている可能性を指摘している。少なくとも日本における教育実践の文脈において、グランドセオリーが十分に機能してこなかった背景には、日本発のグランドセオリーにおける中心概念の不備が一因であったともいえる。
障害児教育の科学的研究の進歩を図るために結成された日本特殊教育学会の学会誌「特殊教育学研究」の実践研究部門において、「可逆操作」によって段階が説明されている実践研究は、1996年を最後に途絶えている。また、障害児教育の関係者が最も多く集まる全国障害者問題研究会全国大会の分科会は、2016年第50回大会を最後に発達段階に視点を当てた分科会が消滅し、翌年から合同分科会に吸収された。
自己実現の結果として高次化の道を歩んでいるのか、それとも同じ段階にとどまりながら豊かに生きているのかを把握できない状況は、階層段階理論の教育実践への活用には限界があることを示している。
3.2 複雑系科学の基本概念と現在地
井原・福原(1998)は、複雑系科学について、「生きている」システムにおける動的な秩序の生成を、複雑系という観点から探究する学問であると定義している。そして、ここでいう複雑系は、システムを構成する要素の振る舞いのルールが、全体の文脈によって動的に変化してしまうシステムと説明した。
菅野(2013)は、複雑系科学の目標について、自然界に存在する物質系・生物系から社会現象に至るまで、それらの構造と仕組み、およびその発展・進化の機構と原理を解明し、法則化することであるとした。さらに、現段階における複雑系科学の重要な課題の一つとして、すべての階層がいかにして形成されたかを物理学的・化学的に解明することを挙げている。
プリゴジン・小出・我孫子(2019)は、従来の科学が対象としてきた存在様式とその運動を「存在の科学」と位置づけ、それに対して「ある(存在)」から「なる(生成)」への転換を扱う「発展の科学」を提唱した。プリゴジンによれば、物理学における「発展の科学」とは、不可逆過程を通して自己秩序が形成される複雑な過程の解明を指す。現在、「発展の科学」は複雑系科学の一分野として位置づけられている(菅野,2013)。 ジョン・キャスティ(1997)は、次のように述べている。
「もし、今から50年後にサンタフェ研究所の科学的貢献を問われたならば、その答えは、複雑系の研究においてコンピューターを用いた実験的手法を切り拓き、社会科学・生物科学・行動科学の分野に新たな研究領域をもたらした点にある、というものになるだろう。」
複雑系科学の震源地、アメリカのサンタフェ研究所の設立は1984年。約40年経った現在は、コンピューターによるシミュレーションに加え、人工知能(AI)の活用によって、複雑系科学は、新たな時代へと進みつつあるといえる。人間発達に関する科学は、「発展の科学」そのものであり、本研究では複雑系科学の視点から、発達における階層の形成過程を複数要因が相互作用する媒介によって、産物が生成される自己組織化過程として説明する。
3.3 対称性の原理の導入 本研究では以下の対応を仮定する。
-
運動 = 子どもの活動
-
変換 = 子どもに対する環境からの一般的働きかけ
-
実験 = 発達検査
-
法則1 対称性:一定範囲の環境変換に対しても、発達構造の基本的関係が保持されること。
-
法則2 対称性の破れ:発達過程において、既存の発達構造の安定性が崩れ、新たな構造が形成されること。
本稿では、物理学における対称性の「変換に対する不変性」という原理に着目し、発達現象の記述に適合する水準で用いる。
4.発達の階層構造
階層には層をなしている構造が存在する(阪口,2008)。また、ヘーゲルがいうように直接性とともに媒介を含まないものはこの世のどこにも存在しない(川太,2009)。本稿では、田中(1980)の初期の研究を再検討した結果、発達の各段階は①知的操作、②媒介活動、③産物を持つ構造となった。子どもの発達も栄養摂取のみでは達成できず、発達に必要な心的産物は他者との相互作用、すなわち社会的媒介によって獲得される。本稿では可逆操作に代わる実践的な概念として、ヘーゲルの「媒介」を提案する。 知的操作の水準(目安)によって高次化は測定できるので、階層段階理論の中心概念である「可逆操作」の抽象的すぎる弱点は補うことができる。
①によって障害の重い子どもでも「今、もっている力(能力)」を把握でき、②を通じてその力を最大限に発揮させるための自己実現の経路をともに探ることができる。さらに③により、子どもがどのような発達的産物を獲得する時期にあるかを予測可能である。
5.発達における対称性とその破れ、相転移
前述のように階層がいかにして形成されるかを解明することは、複雑系科学の重要な課題のひとつである(菅野,2013)。以下、本稿では、人の発達における各段階(階層)の形成過程を対称性とその破れ、相転移の連鎖として説明する。
序章
堀江(1979)によれば、胎児期の最後の区切りは妊娠8か月である。なぜ区切りとなるのか。この時期に胎児は約1500グラムの重さになり、妊娠9か月の末には、ほぼ「完成した赤ちゃんの状態」(同上)になる。完成した赤ちゃんの状態にむかって質的転換を遂げるのが妊娠8か月頃である。妊娠中毒症がおこりやすい時期としても知られていて母体の負担も質的に変化する。すべての原始反射が出そろい、出生に向けた生理的準備が完了する時期である(Figure 1)。
Figure 1:図表省略
こうして、どの赤ちゃんも原始反射を充実させてこの世に誕生する。ちなみに、原始反射の形の上での対称性は古くから知られていて、吉田(1994)は、原始反射に左右差がある時は、部分的な運動機能の異常が疑われるとしている。 誕生 うまれたての乳児は、母親との心理的一体性を土台として発達を開始する。 この点について、ヴィゴーツキーは次のように述べている。
「子どもの活動にとっては、外界へのただひとつの道だけが、すなわち他者を介して繋がっているという道だけが開かれている。それゆえ乳児の体験の中では、具体的状況における乳児と他者との共同活動が真っ先に分化し、際立ち、仕上げられると考えることは自然である。乳児は、自身の意識の中でまだ母親と自分を区別していないと予想されるのも、また当然である(ヴィゴーツキー,中村,2010)。」
ヴィゴーツキーは、このような乳児と母親の心理的一体性を「本源的われわれ」と名付けた。この「本源的われわれ」意識は、ヴィゴーツキーのいう新形成物にあたる。新形成物とは、発達の各時期において、その時期の発達過程全体を方向づけ、子どもの人格を新たな水準へと再編成する中心的な心理的構造である(中村,2010)。 以上の観点からみると、ヴィゴーツキーのいう「本源的われわれ」意識は、乳児期の発達全体を基礎づける重要な構造であるといえる。すなわち、大阪弁でいうところの母親との「ツレ意識」に相当するこの関係性は、これからみていくように乳児期の発達の全過程で決定的に重要な役割を果たす。
5.1 感覚をひらく階層~階層のはじまり
感覚第1段階:1か月~3か月
原始反射の中枢は、大脳皮質よりも下位の脳幹及び脊髄である。やがて、大脳皮質が成熟発達してくると自発運動が原始反射にとってかわるようになる(吉田,1994)。 この時期の赤ちゃんにはどのような特徴があるのか。ピアジェは、「親指を吸う」という行動(1か月~)に注目し反射活動とは区別される全く新しい獲得性の行動の現れとした。一方、田中(1980)はガラガラや鐘などを鳴らすと身動きをやめる行為をこの年齢期(1か月~)の特徴とした。音によって身動きをとめる行為は、原始反射にはないのであるから、これも皮質性の活動だといえる。発達の階層構造における感覚をひらく階層第1段階(生後1か月)のはじまりは、脳幹・脊髄を中枢とする反射から、大脳皮質性の活動への質的転換である。(Figure 2)

Figure 2
第1段階のはじまりは、次の検査によって誰でも確かめることができる。
微笑[0;1超~0;2]
身体的接触以外の社会的働きかけに対して微笑む。
さて、これらの行為の背後にあるもの、これらの行為を可能ならしめている力は何なのだろうか。田中(1980)は、外界の刺激を「点」的に受け止める力とした。たしかに一点からの刺激を受け止める力がないと指吸いも、音で身動きをとめることもできようがない。ともあれ、赤ちゃんは、脳幹・脊髄を中枢とする反射から脱し、大脳皮質を中枢とする刺激―自発運動(吉田,1994)を繰り返しながら、体の動きと手・指の機能を高め、次の段階へ向かっていく。
感覚第2段階:3か月~5か月
生後3か月頃からの赤ちゃんにみられる共通の現象がある。「社会的微笑」といわれるものである。世界中の赤ちゃんが同じことをするというのだから、不思議なことである。きっと、人間の赤ちゃんの内部に何か共通のシステムがあると考えるほかない。「社会的微笑」とは何か。ドイツの医者、ヘルブルッケ(村地・福嶋,1980)は、次のように記述している。
「社会的微笑」
「今やその微笑みは赤ちゃんの行動や態度の中の確固たる要素となってきました。赤ちゃんは、動いている人間の顔を正面からじっとみつめると、いつも笑顔をもって反応することでしょう。見知らない顔であっても、すべてこの月齢(3か月)では、赤ちゃんの微笑みをおこすことができましょう。」
日本において標準化されている発達検査の内容は次のとおり。
微笑みかけ[0;2超~0;3]
検査者などに対して、自発的に微笑みかける。
要するに誰に対しても微笑むのである。では、「微笑みかけ」を可能ならしめているもの、その背後にある力は何なのだろうか。田中(1980)は、外界の刺激を「線」的に受け止めることができる力とした。たしかに、誰に対しても微笑むのは、自分の目と大人の目を線でつなぐ力を必要としている。外の世界の刺激と線でつながる力は、「がらがら」を一方の目尻から他方の目尻まで眼球を動かしての追視を可能にする(田中,1980)。結果、赤ちゃんは、自力で見ることができる範囲をひろげ、認知できる空間を拡張させていく。
感覚第3段階:5か月~6か月
5か月になると赤ちゃんの微笑みは、次のように変化する。
母親や普段親しく接してくれる人には声をだして笑いかけるが、見慣れない人には、じーっと見つめるなど「選択的微笑」になってくる(河原,2011)。 「選択的微笑」を可能ならしめている力は何か。田中(1980)は、外界の刺激を「面」的に受け止めることができる力とした。たしかに、人の顔を「面」的に受け止めることができないと他者の顔を認知できない。「面」的に受け止めているからこそ「イナイイナイバー」を楽しめる。
感覚の階層第2段階への到達は次の検査によって誰でも確かめることができる。
イナイイナイバー[0;5超~0;6]
「イナイ・イナイ・バー」に反応して、微笑んだり声を出したりする。
誕生からここまでの感情の発達をみていこう。ルイスは、赤ちゃんの基本的感情は6か月頃までに育つとした(小野寺,2009)。

ルイスより前、1932年にブリッジスは、3か月頃から「快」「不快」の感情が育つとしている(小野寺,2009)。けっきょく、ルイスの分類も大きくはこの両者に分けられる。満足・興味が引き起こすのは「快」の感情であり、苦痛が引き起こすのは「不快」感情である。赤ちゃんの社会的交流は、「快」の感情にあっては微笑み交流であり、「不快」感情にあっては、「泣いて」交流する。いずれも、情動表現行為による「情動交流」である。人は外界の刺激を「面」的に受け止める力によって最初の社会的交流手段「情動交流」を可能にする。「情動交流」は、感情の発達を待って、感覚をひらく階層第3段階(5か月~6か月)において完成する。情動とは、怒り・恐れ・喜び・悲しみなどのように突然引き起こされた一時的急激な感情のことである。情動交流の基礎になっているのは人の顔が認知できる力、すなわち、外界を「面」的に受け止める力であり、人の顔の認知は前述の検査「イナイイナイバー」に反応するか否かで確認できる。
さて、「情動交流」は、どのような産物を生むのだろうか。ヴィゴーツキーは、次のような実験を紹介している(柴田他,2002)。 ①遠くにある世界は、乳児にとっては存在しないかのようです。モノそのものは、子どもから遠ざかるにしたがって、情動的誘因力を失っていきます。 ②しかし、この力は、モノの隣に、モノのすぐ近くに、モノと同じ視界に人間が現れるや否や、以前のような強さを取り戻します。 手が届かず離れたところにあっても、人のそばにあるモノは、子どもの近くにあり自分自身の努力によって、手に入れられるモノとまったく同様の情動的動機を喚起する力があることを実験結果は物語っている。遠隔対象の認知のはじまりである。この実験において、遠くのモノにも情動的願望が子どもに湧き起こるのは、心理的共同体、つまり、「始原われわれ」意識の条件下にほかならないとヴィゴーツキーは説明する。 以上によって、この時期の子どもは外界の刺激を「面」的に受け止めることができる力で、母親との情動交流を媒介に、遠隔対象を認知していくことがわかる。
そして、母親との情動交流は、もうひとつの産物を生む。ワロンの情動表現による大人との相互理解システムは、次のようになっている(ワロン,上西,2005)。 【ワロンの相互理解システム】
子ども(s) → 〈知覚+姿勢+緊張〉情動表現 ⇔ 大人・他者(a)
※刺激…空腹〈接近〉← 対応・解釈・認識 ← 知覚+運動+情動+記憶
子どもsが泣くと、なぜ泣くのかとあれこれ考え、実際に子どもに対処するのは大人a(乳児期は主として母親。以下同じ)である。そして泣くという表現行為が伝わり、それに応える大人の対応が子どもに伝わり、繰り返され、相互に変化しながら洗練されていく。「あれこれ」考えるのは大人である。
赤ちゃんのほうは、どんなことをしたらうまくいくのだろうと考えているように見えるが、そうではなくて「直感的な状況把握」と母親との「連帯感」によっている(同上)。
s→a→s(完結)で満足を得た赤ちゃんは、母親とのしっかりした基本信頼を確立する。基本信頼は、世の中は安全で、自分は愛され、保護されていることで形成される(エリクソン,仁科,1977)。 母親との相互交流は、情動表現から始まり、それを母親が適切に解釈・対応し、有効な刺激を与え、不安をとり除き、あるいは身体の内部欲求を満足させて完結となる。この完結型の情動交流は、まちがいなく母親との「基本信頼」(同上)を生む。
s→a→s(完結)→→→満足 =「基本信頼の確立」
感覚をひらく階層の階層構造の変化をまとめると次のようになる。
第1段階(1〜3か月):点的受容 反射優位から皮質的活動への転換。外界刺激を「点」として受容し、刺激―自発運動を媒介にして運動機能を高める。目安:微笑。
第2段階(3〜5か月):線的受容 視線や追視により対象と自己を結ぶ「線」的受容が成立し、自分と外界の事物とを「線」的につなぐ活動を媒介に空間認知が拡張する。目安:微笑みかけ。
第3段階(5〜6か月):面的受容 顔認知に基づく「面」的受容が成立し、情動交流が形成される。情動交流(s→a→s)を媒介に基本信頼を確立し、遠隔対象の認知を可能にする。目安:イナイイナイバー。 ※目安の出典:「新版K式発達検査法」
自然科学においては、誰が何度検査しても同じ結果が得られる事実が重要な指標として扱われる。1904年のビネーによる知能検査研究以来、発達検査は改訂を重ね、現在では各月齢において比較的安定して観察される行動が検査項目として標準化されている。 「微笑」「微笑みかけ」「イナイイナイバー」は、点→線→面への発達的変化を示す指標として、多くの文化圏において共通して観察される現象である。本稿では、これらの現象を、一定範囲の環境的変化に対しても発達構造が安定性を保っている状態として捉え、この構造的安定性を「対称性」と呼ぶ(法則1)。しかし、子どもの活動の進展に伴い、既存の構造的安定性は変化し、新たな構造へ移行する。この過程を本稿では「対称性の破れ」(法則2)および相転移(定義③)として記述する。
5.2 認知をすすめる階層 認知第1段階:7か月頃~8か月
7か月ころ認知発達は、感覚受容をひらく階層から、外界認知をすすめる階層へ飛躍する。新しい階層への飛躍によって新しい産物を獲得するための新しい媒介活動が自発的に形成される。第1段階の媒介活動は、選択した大人である。 この時期は、乳児(s)→母親(a)→モノ(p)であり、一本の矢で外の世界とつながる。乳児は、Figure 3のように一本の矢で他者やモノと一方向的につながる。

Figure 3
小児科医の堀江(1979)は、見慣れた大人を見つけると「ア~」といって呼びかけますが、見知らぬ人だと無言、と記録している。人は同じではないことがわかり、人を区別する。さて、呼びかけられた大人はどうするのだろうか。おそらく、たいていの大人は、話しかけながらおもちゃになるようなものをわたすことになる。 7~8か月の乳児はおもちゃを詳しく眺めるために、モノをひっくり返す、ひっぱる、打ちつけるなどする(同上)。ピアジェによれば、すべてのものが少しずつ、ゆらすもの、振るもの、こすりつけるものなどになっていく(谷村・浜田,1978)。こうして、乳児は、人を識別できるようになる時期に大人を媒介にして自然に「固いもの」「やわらかい物」「ぶつけたら音がするもの」と、外界のモノを識別していく。 ピアジェは、興味を引く結果を持続させることを目的として繰り返される行動様式を「第二次循環反応」と名づけた(同上)。認知第1段階は、ピアジェのいう循環反応期(4~8か月)の最終期にあたる。 Figure 3のようにこの時期の乳児は、一本の矢印で選択した大人を媒介に外界の人・モノを識別していく。漫然とした世界から、個別の人・モノを抽出して識別していくのであるから、世界を知るはじめの一歩だといえる。だから世界の研究者たちは、第1段階の力を測定する項目として誰が何回観察しても同じ結果が得られる項目を標準化された発達検査に残している。日本の公的機関で活用されている発達検査において、第1段階への到達をみる項目として現在も検査に使用されている項目は次の項目である。
人見知り[0:7超~0:8]
未知の人に対して、近寄るのを嫌ったり、避けたりする。
さて、「人見知り」がはじまる月齢期に同じ媒介活動によって、もうひとつの力が育まれる。
s→a→s(完結)で「基本信頼」を確立してきた活動は、情動交流が活発に行なわれるほど情動表現が多様化し、やがて臨界点を迎えることになる。すなわち、泣き方によって、自身の状態や欲求を伝えるようになるからである。この時期から乳児は、「泣き」であらゆることを伝える(坂上,2024)。ベテランの母親なら他人の子であっても、レストランの端っこで泣く赤ちゃんの泣き方を聞いただけで「あれは、きっと、おしっこね。」「あれは、きっと眠りたいというサイン」と、当てられるハズである。その赤ちゃんは、きっと認知をすすめる階層の第1段階にいる。
しかし、こうした情動表現の多様化は、やっかいな問題を起こす。子どもの表現と大人の対応の間に生まれる失敗「ズレ(不一致)」が生じることになるからである。ここへきて「子ども・出発→大人→子ども・完結」という法則はくずれ、しばしば「子ども・出発→大人→子ども・ズレ(不一致)」になる。
このようなズレも、すべての赤ちゃんに共通して見られる普遍的な現象である。今や赤ちゃんはいろいろな感情を伝えることができるのであり、話しことばの世界で生きる大人との間にズレが生じるのは、自然なことである。
この不一致は何をもたらすのだろうか。 このズレが重要である。不一致の状態は、子どもの欲求が満足させられないことであり、子どもが生きていくための安全装置にほころびが生じる。赤ちゃんは、ズレたままでは、生きていけない。だから、大人はすぐに修正する。赤ちゃんは、否応なく、このズレの修正を受けながら生きていくことになる。
「このような失敗による『ズレ』と、子どもが変われば大人も変わる、周囲が変われば子どもも変わるというような相互変化によって、子どもは全く直観的にではあるが、周囲に対して自分に属するものを意識していくことができる。」(上西,2005)
「自己への気付きの萌芽」である。
s→a→s(ズレ・不一致)→→→不満足 =「自己への気付きの萌芽」
一本の矢の育ちを示す「人見知り」は、多くの文化圏の乳児に共通して観察される発達指標である。この時期の乳児は、選択した大人を媒介にして外界の人・モノを識別し、「人・モノの識別」および「自己への気付きの萌芽」を形成していく。 この段階では、選択した大人との関係を通して外界認知を進めるという発達構造が比較的安定した状態にある。すなわち、一本の矢による認知構造(対称性)が維持されている(法則1)。しかし、子どもの活動の進展とともに、この構造はしだいに限界を迎え、相互的応答を含む次の認知構造へ移行していく。これは、既存の対称性が破れ、第2段階への「相転移」が生じる質的転換である。
認知第2段階:9か月頃~10か月
前述のように知能検査の100年を超える歴史の検証をへて、何度も何人の子に検査しても結果がかわらなかった項目だけが標準化されている発達検査として生き残っている。第2段階の認知は、外界と二本の矢でつながることができる認知力である。二本の矢の力は、他者との応答活動を可能にする。以下、説明する。 「新版K式発達検査法」において二本の矢がわかる項目として残っているのは、次の検査である。
バイ・バイ[0:9超~0:10]
「バイ・バイ」ということばや身振りに対して、声や動作で反応する。検査終了後、退室時に調べる。
一本の矢印は、大人aからの乳児sに向けられた矢印であり、もう一本は乳児sから大人aへ返す矢印である(Figure 4)。
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Figure 4
第2段階の乳児は、二本の矢印を同時に母親とモノへ向ける活動が可能となる(Figure 5)。
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Figure 5
9か月から10か月の乳児は、両手で新聞を細かく破いたり、引き出しの中の物を取り出したりする行動が見られる(堀江,1979)。また、ティッシュペーパーを引き出して周囲に散らかすことも報告されている(田中,1982)。田中(1987)は、こうした行動が見られる時期を「散らかしの時代に入る」と表現している。このような行動に対し、養育者は慌てて対応することが多い。二本の矢を持つ段階に達した乳児は、物を操作しながら養育者の反応を観察し、それを楽しむ。
――テーブルからわざと食べものを落としたりして、大あわてのお母さんを見て大喜び。こうしたいたずらも、「こうしたらこうなる」という予測や、「した」「やった」という手ごたえが、赤ちゃんの心をとらえるのです(江頭,2014)。
さらに、「四つばい」での移動が可能となることにより、乳児は母親の後を追う「後追い行動」を示すようになる(河原,2018;坂上,2024)。この時期、乳児は養育者との相互的な応答活動を求め、養育者との関係性が深化・拡張していく。このようなやりとりを通じて、乳児は大人の行動の意味を理解し始め、物の用途や性質についての認知を広げていく。 そして、世界の研究者たちはこの時期の発達をみる重要な検査としてもうひとつの項目を残した。
指さしに反応[0:9超~0:10]
検査者が指さすのに反応して、指さしたほうを見る。
大人のことばとしぐさ(指さし)を同時に受け止め、遠くに離れたモノを認知する(Figure 6)。

Figure 6
母親が空を指さした。夜空に大きなものが光っている。まだ、月であることはわからない。しかし、母の指さしたモノを認知することはできる。母が向うを指さした。まだそれが何であるかはわからないが、向うから大きな音をだしてこちらへ走ってくるモノを認知することはできる。大藪(2020)は、生後9か月から共同注意(Figure 6)が出現するとした。乳児は、大人との共同注意活動によって、他者の行動やモノに対する認知を広げ、深めていくことが可能となる。
なぜ研究者たちは、この検査項目を残してきたのか。上記二本の矢は、後述するように共同注意(Joint Attention)活動の基本形態である(大藪,2020)。Charman(2003)は、共同注意を対人的なやりとりの中で、他者の意図や関心を読み取る力の土台であり、これによって、「意味の共有」「語彙の獲得」「象徴的遊び」などが成立するとした。要するに、共同注意は、言語獲得を支える重要な基盤の一つなのである。
したがって、「バイ・バイ」や「指さしに反応(共同注意)」に代表される他者との応答力は、次の階層へ進む起点もしくは、土台だといえる。しかし、「起点(土台)」になるのであって、田中(1987)がいうところの次の階層へ飛躍を引き起こす原動力とまではいえない。これからみていくように、どの階層にあっても、第3段階の活動の進展に伴って既存の「対称性」が破れ(法則2)、次の階層への飛躍(相転移)が生じて新しい対称性が創発する仕組みになっているからである(定義③)。
さて、人・モノへの認知をひろげていくまさにその時に同じ時期に同じ媒介活動によって、人格形成の芽も産出される。 大藪は、共同注意活動を次のように説明した(同上)。
―――乳幼児の共同注意の基本的な形態は、他者と一緒に対象物をみること、つまり「子どもー物―他者」という三項関係が成り立つことである。
共同注意のメカニズムは、以下のとおりである。
① 他者の知覚状態についての二項表象(例:あなたはドアをみている) a→ドア
② 自分の知覚状態についての二項表象(例:私はドアをみる) s→ドア ※①と②の融合である。
他者である「あなた」と「自分」(私)は別人だからこそ二項での表現になる。
するとどうなるのだろうか。上記共同注意活動は、必然的に他者である「あなた」(a)―「そこにあるもの」(p)―そして「私」(s)の活動となる。すなわち、共同注意活動は、自然に「自己と他者の区別」の萌芽を誕生させる。
上記、二本の矢の育ちを示す「バイ・バイ」は、多くの文化圏の乳児に共通して観察される発達指標である。二本の矢の力で大人との応答活動を媒介に、産物を獲得していく。産物は「他者の行動の意味を知り、モノの用途、性質の認知」であり、「自己と他者の区別」の萌芽である。この段階では、大人との応答活動を媒介に外界認知を進めるという発達構造が比較的安定した状態にある。すなわち、二本の矢による認知構造(対称性)が維持されている。しかし、子どもの活動の進展とともに、この構造はしだいに変化し、モノの共有活動を含む次の認知構造へ移行していく。既存の対称性が破れ、第3段階へ相転移する質的転換である。
認知第3段階:11か月頃~1歳半
第3段階への到達によって矢は三本になり、s、a、pはトライアングルになる。ここへきて「原初的」(ウェルナー、鯨岡ほか,1974)な関係から、直線で結ばれた安定した「三項関係」へと質的変化を遂げる(Figure 7)。
Figure 7
前段階の原初的三項関係は、モノを直接操作しないで、モノに距離を置いてまなざしで関わるものであった。ここへきて三項関係は、s・aともに直接モノを操作する安定したpの共有状態になる。もちろん、研究者たちは、11か月の共有状態がわかる項目を検査項目として残している。それは次の項目である。
検査者とのボール遊び[0:11超~1:0]
検査者とボールをころがしあって遊べる。
もはや遠くのモノを見るだけではない。sはaとpを共有し、aやpを操作・認知の対象とするのである。さて、この三本の矢は何をもたらすのか。
大藪(2020)による共同注意のメカニズムは、以下のとおりであった。
1.他者の知覚状態についての二項表象(例:あなたはドアをみている) a→ドア
2.自分の知覚状態についての二項表象(例:私はドアをみる) s→ドア
※共同注意は、1と2の融合である。
するとモノの共有関係においてはどうなるのだろうか。
1.a:何かをもって「コップ」と言った。(共同注意の対象 a→コップ)
2.s:「コップ」ということばを聞きながら両手でコップをつかむ。(共同注意の対象 s→コップ)
s・aとも共同注意の対象はコップであり、「コップ」ということばを共有する。
1.a:「スプーン」といいながら何かをおいた。(共同注意の対象 a→スプーン)
2.s:「スプーン」ということばを聞きながらスプーンをつかむ。(共同注意の対象 s→スプーン)
こうして、「スプーン」ということばが共有される。
このように、乳児は三項関係の成立を通して、人やモノとことばを結びつける力を獲得し、ラベリング(命名)の能力を発展させていく。いわば、ことばの意味の汲み取りである。1、2はいつでもどこでも繰り返されるから、臨界点を越えると、「すべてのモノには名前がある」(ヴィゴーツキー,柴田,1988)という発見をする。それが1歳半なのであり、ここで乳児は次の階層への飛躍を遂げる。
同じ媒介活動によって、産物を獲得するまさにその時に人格形成の芽も産出される。 この年齢期の媒介活動は、三項関係によって、大人と対象(モノ)を共有する活動であった。この共有活動は、以下のシステムによって自我誕生への歩みを加速させる。
① a:他者はボールをもっている。(例:あなたはボールをもっている)
a→ボール
② s:自分はボールを受け取ろうとしている。(例:私はボールのほうへ手をだしている) s→ボール
①と②の融合である。
上記共有注意活動は、必然的に他者である「あなた」(a)―「そこにあるもの」(p)―そして「私はわたし」(s)を意識させる。「自己意識」の萌芽の形成である。けっきょく、乳児は安定した三項関係の成立によって、あらゆるモノへの共有活動が可能になる。結果、乳児は、「私はわたし」を繰り返すことになる。そして、自然の摂理としてある臨界点を越えた時、「確固たる私」という意識が芽生える。自我は、「自分自身を主体として意識化することのできる主体のこと」であり、「確固たる私」は確固たる主体、すなわち、それが「自我」である。自我の確立は1歳半頃までに完了する。 三項関係の成立は、多くの文化圏の乳児に共通して観察される発達指標である。乳児は、三項関係(大人とのモノの共有活動)を媒介に、産物を獲得していく。産物は「人・モノの名前の汲み取り」であり、「自己意識」の芽生えである。
この段階では、大人とのモノの共有活動を媒介に外界認知を進める発達構造が比較的安定した状態、すなわち三項関係による「対称性」が維持されている(法則1)。しかし、子どもの活動の進展とともにこの構造はしだいに限界を迎え、既存の対称性が「破れ」(法則2)、ことばの共有活動を含む次の認知構造(新しい階層)へと「相転移」していくのである。
【認知をすすめる階層の構造変化のまとめ】
-
第1段階(7〜8か月):一本の矢 乳児は選択した大人を媒介に外界と一方向的に関係を持ち、人・モノを識別する。情動表現の多様化により相互作用にズレが生じ、「自己への気付き」が生まれる。目安:人見知り。
-
第2段階(9〜10か月):二本の矢 大人との応答関係(相互作用)が成立し、共同注意が出現する。大人との応答活動を媒介に他者の行為理解とモノの性質認知が進み、「自己・他者分離」が成立する。目安:バイ・バイ。
-
第3段階(11か月〜1歳半):三本の矢 s・a・pの三項関係が安定し、対象の共有が成立する。大人とモノを共有する活動を媒介にモノと言語の結合(命名)が進み、「すべてのモノには名前がある」という認識に至る。同時に「私はわたし」という意識が芽生え、やがて「確固たるわたし」、すなわち、自我を誕生させて次の新しい階層を迎える。目安:検査者とのボール遊び。 ※目安の出典:「新版K式発達検査法」
このように、各段階における構造的安定性(対称性)の形成と、その限界に伴う対称性の破れが繰り返されることで、認知の階層は相転移を遂げ、次の「認識をひろげる階層」へと発展していく。
②へ続く
②
幼児期からの知的発達の系譜※「自我」の充実から人格形成までの経路は、9月から連載
6.認識をひろげる階層~9歳の節をこえる土台は、認識の階層第2段階で育つ。
6.1認識第1段階(1歳半~4歳)
認識第1段階は、事物を「面的」にとらえる認識力であり、一次元的な認識力によって幼児は事物と言葉を直線で結びつけことばの理解が可能となる。「ことばの世界」への到達は、その後の人生を切り拓く大きな一歩である。だからこそ世界の研究者たちは、ことばの世界への到達を確認できる項目として、標準化された発達検査に残してきた。
日本の公的機関で現在も活用されている発達検査において、ことばの世界への到達を見る検査項目は以下のとおりである。
絵指示[1:6超~1:9]
絵指示図版を子どもの近くに置く。
「この絵をよく見てごらんなさい」
「犬①は、どれですか?」と質問し、以下②~⑥の語を入れ替えて質問する。
絵の材料:②自動車 ③人形 ④茶碗 ⑤ハサミ ⑥魚
幼児語(例:「ワンワンはどれ?」)で質問しても、子どもが指差しで正しく答えることができれば (+) と判定される。ことばで答える必要はなく、「指差し」による反応ができれば合格である。要するに、ことばを理解していればよいのである。この「○○はどれ?」という検査での(+)反応は、「すべてのモノには名前がある」(ヴィゴーツキー、柴田,1988) という事実を、子どもが発見した証拠でもある。世界の研究者たちは、実際に「話せるかどうか」よりも、ことばの世界に入っているかどうかを発達上の重要な質的転換点とみなしてきたといえる。それは間違いなく、子どもの人生におけるもっとも大きな発見の一つだからである。
さて、「絵指示」の検査は、ことば(理解)の獲得によって新しい三項関係が形成されることを示している。
前階層からのフェーズの変化は、Figure8のように図示できる。
認知第3段階(11か月頃~) 認識第1階層(1歳半頃~)
s=赤ちゃん(主体)、a=母親、p=対象物 L:ことば(理解)、a:大人、p:対象物
Figure8
媒介は、知的操作によって外界から心的産物を獲得する際の中心的活動である(定義6)。1歳半頃から始まる媒介活動は、認識発達の質的転換とともに、「大人とのことば交流活動」へと変化していく(Figure8)。
そして、ヴィゴーツキーは、以下のような発見を残した。
「子どもと大人のコミュニケーションが発達するにつれて、子どもの一般化も拡大する」(柴田,1979)
世界の研究者たちは、「絵指示」(1歳半)の反応を、すべての子どもに共通して観察される発達現象として標準化された検査項目に残してきた。また、1歳半を超えた子どもの媒介活動の変化や、ヴィゴーツキーによる発見も併せて考えると、この時期の子どもの認識には、次のような法則が存在することがわかる。すなわち、①ことばを理解できる力で、②大人とのことば交流を媒介にして、③新しいことばを獲得していく、という法則である。この法則は、一般的な環境(変換)によって左右されない。したがって、対称性が存在する(法則1)。しかし、子どもの活動がある限り、この対称性はいずれ破れ(法則2)、次の対称性が創発する(定義③)。次の段階への質的転換である。
6.2認識第2段階(4歳~6歳)
第2段階の認識は、どのような特徴をもっているのだろうか。「新版K式発達検査法」において、4歳頃の認識の変わり目がわかる検査項目として残っているのは、以下の項目である。
了解Ⅱ[4:0超~4:6]
「これから、私がひとつ問題を出しますから、よく聞いておいて答えてください。」と言ってから、
(1)「もしも、あなたが学校(または幼稚園、保育園)へ出かける時に、雨が降っていたら、どうしたらよいでしょうか。」と尋ねる。以下(2)、(3)の順に質問する。
(2)もしも、あなたの家が火事で燃えているのを見つけたら、どうしたらよいでしょうか。(3)もしも、あなたがどこかへ行こうとして、バスに乗り遅れたら、どうしたらよいでしょうか。
適切な解決を述べれば(+)である。眼前に雨はない、火事も起きていない、乗り遅れるバスもない。しかし、4歳を超えた幼児たちは、見えない事象を想像し、「傘をさす」「自分で消す」「次を待つ」などと答える。この結果は、誰が何回検査しても同じ結果が得られることが実証されている。
上記検査からわかるように、4歳を超えた幼児たちは、今見えている世界のほかに、見えない世界を想像できる認識力(2次元認識力=2DR)を獲得している。以後、幼児は、A:見える世界 と B:見えない世界 を統合して、「A and B」の法則で世界をとらえるようになる。すなわち、認識力の空間的拡張である。
この力によって、幼児は太古の昔から宇宙の果てまで、自由に想像の世界を広げることができるようになる。そして、2DRへの質的転換によって、認識力をさらに高めていくために必要となる媒介活動が、自発的に形成される。その媒介活動こそが、この時期の幼児が自然に始める「遊び」である。4才超えの幼児の遊びは、「A and B」の力を活用し、知的産物を獲得するにふさわしい活動へと変化する。たとえば
・ストローと折り紙でチョウチョを作る際、まだ見えない全体像(A)―チョウチョが飛ぶ姿―を想像しながら、折り紙という部分(B)を巻く。
・ごっこ遊びでは、舞台・登場人物・小道具・自分の役など全体(A)を思い描きながら、私(B)がこうすれば相手(B)がこうする、という想像で進行する。
・昔話は、最初からのストーリー全体(A)を想像しながら、今の場面(B)を楽しむ。
・怪談話では、話の流れ(A)が見えなければ、部分(B)だけではちっとも怖くない。
・鬼ごっこは、全体(A)のルールを把握した上で、部分(B)=隠れている人を探す。
上記、4歳を超えた幼児の「A and B」の認識力は、次の階層へ進むための土台となる。なぜなら、「A and B」の思考は、次の段階で「Both A and B」へと進化し、書き言葉の獲得を可能にし、さらに次の階層(第1段階)においては、全体(A)から部分(B)を抽出し、共通性を括ることで概念を形成する力へと発展していくからである。ただし、ここでの「A and B」の認識は、あくまで次の概念獲得の「土台」にすぎず、数年後に起こる次の階層への質的転換を引き起こす原動力にはならない。
以上のことから、4歳頃からの幼児の認識には、①眼前にない事象を想像できる認識力で、②全体を想像しながら、部分を操作する遊び活動を媒介にして、③想像世界のことばを獲得していく、という法則が存在することがわかる。
同じ構造をもつ幼児の遊びが世界中に存在していることから、この法則は、一般的な環境(変換)によって左右されないといえる。したがって、対称性が存在する(法則1)。しかし、子どもの活動がある限り、この対称性はいずれ「破れ」(法則2)、次の対称性を創発する(定義2)。第3段階への質的転換である。
6.3認識第3段階(6・7歳~9歳)
1次元、2次元と認識空間を広げてきた幼児は、6・7歳頃になると3次元認識(3DR)へと質的転換を遂げる。もちろん、世界の研究者たちはこの大きな質的転換を見逃していない。「新版K式発達検査法」において、6・7歳頃の認識の変わり目がわかる項目として残されているのが、次の検査である。
20からの逆唱[6:6超~7:0]
「あなたは、数をさかさまに(逆に)数えることができますか。20から1まで、さかさまに数えるのです。」「20から順々に小さい方に数えて、1まで数えてください。」と尋ねる。
(再質問)ためらっている、または黙っている場合には、「23、22、21というように、20から1まで、さかさまに数えるのです。さあ、始めなさい。」と一度だけ注意する。
正答基準(1)制限時間は40秒、(2)誤りが一語だけなら(+)
上記検査によって、物事の「始め」と「終わり」の間にある“中間”を認識できているかがわかる。中間がわかることで、順番や系列を認識する力が発達し、まさに事物の3次元的理解が可能になる。
3次元認識(3DR)力は、体系的な学習を可能にする。順番や系列の認識は、1、2、3……という数の理解を支え、同じ認識力で1、2、3……という時間の感覚も育っていく。
「書きことばは、書く前に、あるいは書いている過程で、あらかじめ頭の中に書きたいことがあれこれと浮かんでいることを前提にしている」(ヴィゴーツキ-、中村,2017)
たとえば、子どもが「り・ん・ご」という文字を書くとき、書く前にあるいは書いている途中、「りんごの皮の色」や「りんごの固さ」、つまりりんごの中間=中身を意識しながら「リ・ン・ゴ」と書く。単に平面的に丸い形として「リ・ン・ゴ」と書く子はいない。もしそうであれば、みかんも同じ“丸”なので区別できなくなる。つまり、子どもは事物を3次元的にとらえる力によって文字を獲得していく。そして、文字の習得過程そのものが、事物の立体的構造を意識していく活動になる。
日本では江戸時代、読み書きを教える寺子屋への入門は早くて6・7歳であった。現代でも、日本を含めた多くの国々では義務教育の開始年齢を6・7歳としている。人々は、昔から子どもの内に3次元認識力が育つのを待って、読み書きの教育を始めてきたと言える。
物事の「始まり」と「終わり」の間にある“中間”を認識する力は、やがて「中間の共通性を抜き出す」ことを可能にする。
ただし、小学校低学年では系列や中間の操作はできても、本質的な共通抽出(概念化)が自発的に起こるのは、次の階層を待たなければならない。
以上によって、世界の子どもたちの認識は、6・7歳頃から次のような法則をもつことがわかる。物事の「始まり」と「終わり」にある①中間、事物の順番・系列を認識できる力で、② 学び活動を媒介に、③ 書きことばを獲得していく。
いま、世界の多くの国で義務教育の開始年齢が6・7歳であることも、この発達の法則に対応していると言える。上記法則は、一般的な環境(変換)によって変わることはなく、対称性が存在する(法則1)。しかし、子どもの活動がある限り、この対称性はいずれ「破れ」(法則2)、次の対称性を創発する(定義③)。次の新しい階層への発展であり、その新しい階層では、論理的思考が始まる。
7.思考をふかめる階層~人の知的発達はどこまでも上へ上へと発達するのか。
7.1思考第1段階(9・10歳~12歳)
日本の公的機関で活用されている発達検査において、9・10歳頃の思考水準を測定する項目として残されているのが「語の類似」である。
語の類似[8:0超~9:0]
「舟と自動車はどう似ていますか」と尋ねる。
両者の共通点を抜き出し、「乗り物」や「運転するもの」などと答えれば(+)である。この検査結果が示すように、自発的に形成される発達の階層である思考第1段階(9・10歳頃~)において、子どもは事物の共通点を抽出する思考によって、「乗り物」や「運転」といった概念(Concept)を獲得する。
この検査は、誰がどこで何度検査しても同じ結果が得られていることが実証されている。前階層の認識第3段階での経験を経て、いまや子どもたちは「きゅうり」と「ナス」は野菜であると判断できる。「畑でとれる食べ物だから」と、色や形といった見た目の違いを捨て去り、本質的な共通点によって「野菜」ということば、すなわち概念Cへと変換できるようになるのである。つまり、事物間の共通抽出操作が自発的に生起する。
そのため、形の異なる「かぼちゃ」や「白菜」も、同じく本質部分でとらえ、「野菜の仲間」として分類できる。
では、子どもが概念C「野菜」を獲得するのは、どのような場面なのか。それは、たとえば親から「かぼちゃを買ってきて」と頼まれた場面である。
これは、大人との対話を通じた思考の営みであり、このような対話のなかで、子どもは「きゅうり」や「かぼちゃ」の共通点を見出し、「野菜」(なぜなら…)という二項関係の抽出を自発的に行い概念を獲得する。そして次に子どもが「どこで売ってるの?」と尋ねれば、大人は「〇〇の八百屋さん」と答える。
そのときに子どもは概念、「八百屋」を獲得する。さらに、「はい、お金」とお金を渡される。子どもはすべての買い物に使用できる「お金」という概念を獲得する。
このようにして、大人との対話を媒介として概念Cは獲得されていく。ゆえに、学校や教科書のない時代においても、子どもたちは立派な大人へと育っていったのである。
近代社会では、すべての子どもが等しく概念を獲得できるよう、学校教育において教師との対話や仲間との討論(授業)、教科書などの著者との「文字による対話」が準備されている。書きことばは概念の宝庫であり、著者との対話を通して、どの地域に住んでいても新しい概念を学ぶことができる仕組みが形成されている。
以上から、9・10歳頃からの子どもの思考には次のような法則が存在することがわかる。
① 事物A・Bの共通点を抜き出す思考によって、②教師や仲間との対話(授業)、著者(教科書)との対話を媒介にして、③ 新しい概念を獲得していく
この法則は、一般的な環境(変換)によって左右されることはない。したがって、対称性が存在する(法則1)。
しかし、子どもの活動が続く限り、この対称性はやがて「破れ」(法則2)次なる対称性を創発する(定義③)。
7.2思考第2段階(12・13歳~15歳)
第2段階の思考には、どのような特徴があるのだろうか。標準化された「新版K式発達検査法」において、12歳頃の思考の変化が見られる項目として残されているのは、次の検査である。
3語類似[12:0超~14:0]
「へび、牛、スズメはどう似ていますか」と尋ねる。
まず、「へび」と「牛」は〇〇が似ている……なぜなら〜と考える。さらに、「牛」と「スズメ」はどこが似ているのか、なぜなら〜と考える。このように、「なぜならば」を繰り返して理由や根拠を深掘りしながら答えを導き出せるようになることが、この年齢の特徴である。ここで導き出されるのは、3つに共通する「動物」や「生物」といった、より抽象度の高い概念である。12歳頃からの思考は、「なぜなら」「次になぜなら」と理由づけの反復を通して共通性を抽出し、より高度な概念化(C′)へと至る。
つまり、中学生になると「なぜなら」を繰り返す思考が自発的に生起するようになる。そして、それに対応する学習環境も歴史的に整備されてきた。日本では、100年以上前から中学校の開始年齢は12〜13歳である。
以上から、12・13歳頃からの思考には、「『なぜなら』を繰り返し、事物A・B・Cの共通を抜き出し、二重に抽象化された概念C′を獲得する」という法則が存在することがわかる。
では、この概念C′の獲得を支える媒介活動とはどのようなものか。
丁稚制度
丁稚とは、商店において雑役などを担い、年季奉公を行っていた少年のことである。その制度の起源は古く、鎌倉時代あるいは奈良時代まで遡ると推定されている(南,1996)。江戸時代において、丁稚入りの年齢はおおむね10歳前後であり、奉公の初期には子守りや拭き掃除などの家事労働に従事し、やがて商用の使い走りなどを任される段階的な仕組みが確立されていた(竹中・川上,1965)。
明治時代に入ってもその仕組みは維持され、当時の出版物には次のように記録されている。
「初めは主人のお供より子守拭掃除等家内の雑役に使用し、やや長ずるに及んで、商用の走り使いを成す」(丸山・今村,1912)。
丁稚制度は江戸から明治、大正、そして昭和の時代に至るまで継続され、長期にわたって日本の大都市商家の労働力の根幹であった。たとえば、世界的企業パナソニック(旧松下電器)の創業者・松下幸之助も、かつて自転車店の丁稚として働いていた。
「商用の使い走り」とは、具体的にどのような内容であったのか。彼らは、注文を受けた品を顧客のもとへ持参し、販売を行うという役割を担っていた。そこには、次のような思考のプロセスが含まれている。
- 「相手が欲しがっている品は〇〇である。なぜなら、〜だからである」
- 「その品は、〇〇までに準備が必要。なぜなら、〜だからである」
- 「儲けを出すには売値を確認しておく必要がある。なぜなら、〜だからである」
- 「値引きの可否を事前に聞いておく。なぜなら、〜だからである」
- 「商品の説明に不明点がある場合は、事前に調べておく。なぜなら、〜だからである」
このように、訪問日までに何を優先的に準備すべきかを判断し、段取りよく行動してこそ「ひと儲け」できる。その活動のなかで、「仕入れ値」「売値」などの概念が理解されていく。さらに、それらすべてを抽象化した概念、すなわち「商売」という枠組みも獲得される。
松下幸之助、商売の「はじめの一歩」
「幸之助には、早くやってみたいことがありました。これまで店主や番頭さんが自転車を売るのをさんざん見てきたのですが、そろそろ自分の力で自転車を売ってみたい。そんな日が早く来ないかと心待ちにしていたのです。」
ついにその日が訪れました。
「健気な少年の売り込みが終わると、鉄川の主人は幸之助の頭をなでて、
『よし、買ってやろう』
幸之助はうれしくて胸がおどりました。」
― 松下幸之助、満13歳の日の出来事である。
人々は昔から、少年たちが「なぜなら」思考が可能となり、大人のようにひとりで商売をしたいという自立心が芽生え始める時期を的確に見極め、その発達的転換点において初歩的な商業労働へと導いてきたのである。
現代教育との接続
農業や漁業の現場でも同様である。自ら段取りを組み、「ひと儲け」するには、必然的に「なぜなら」思考の反復が求められる。現代中学校で始まる方程式学習も例外ではない。
【方程式:X+7=4】
- 左辺の7を消すために、−7を引く(X+7−7)
→「なぜなら、Xだけを残すため」 - 同様に右辺からも−7を引く(X=4−7)
→「なぜなら、等式の左右を等しく保つため」 - 計算する
→「なぜなら、Xの値を明らかにする必要があるから」 - 解を出す → X=−3
このように、すべてのステップに「なぜなら」が内在しており、子どもたちは「なぜなら」の反復で代数(X)という二重抽象概念を獲得していく。
ヴィゴーツキーは代数を「二重抽象化」であり、「真の概念」と位置づけた(中村,2004)。
思春期に必要な媒介活動
丁稚制度の商業活動と中学校での代数学習、一見まったく異なるように見えるこれら2つの活動に共通しているのは、自分で段取りを組み、「なぜなら」思考を繰り返すことで概念C′を獲得しているという点である。したがって、思春期の子どもが概念C′を獲得するためには、「自分で仕切ることができる活動」が必要という結論に至る。みてきたように自ら仕切る活動には、「なぜなら」をくり返す思考が自動的に組み込まれているからである。つまり、時間と空間の主人公となる活動こそが、概念C′の形成を媒介する。
日本の学校教育において、中学校から部活動が始まるのは、このような発達的根拠に基づいているといえる。時間と空間の主人公となる活動は、その時間と空間の仕切りが任される活動であり、その活動を他者との関係で発揮できる活動の代表は、誰かに、何かを「教える」活動だと思われる。「教える」活動は、誰に、いつ、何を「教える」のかすべてが、自分の一存で決まるのであり、まさに時間と空間の主人公になる活動だからである。
思春期の子どもたちが、中学校の部活で後輩たちに熱心に「教える」姿は、中学生にふさわしい媒介活動の発揮だといえる。したがって、思考第2段階は、教えたがりの年齢期であり、その力が思い切り発揮できる環境が必要だといえる。なお、西郷隆盛や大久保利通
を生んだ薩摩藩の郷中教育も11歳~15歳の少年たちに「教える」役割が与えられていた。
以上によって、思考第2段階(12・13歳頃〜)の子どもたちには、次のような法則が存在することがわかる。
「なぜなら」を繰り返す思考によって根拠を深掘りし、 二重抽象概念C′を獲得していく。
媒介となるのは、自ら仕切ることができる活動=時空間の主人公になる活動である。以上の法則は環境(変換)に左右されない。よって、対称性が存在する(法則1)。しかし、人の発達が線型で進むのはここまでである(定義②-1)。次の段階からは、個性的で多様な非線形の発達が展開される(定義②-2)。
7.3思考第3段階(15・16歳~成人)
物事を深く掘り下げて本質に辿りつく思考は、同時に自分自身の本質にも気づかせることになる。そしてそれは、はるかに深く広い他者理解へとつながっていく。
「思春期の少年は、自分自身の内面過程を自覚し、反省が可能になり・・・・はるかに深く広い他者理解をもたらす。」(ヴィゴーツキー,中村,2004)
自分自身を理解し、他者への理解も深まった。そして、世の中の物事の本質や、二重に抽象化された概念C′を獲得してきた思春期の子どもたちが、この次に成し遂げることは何だろうか。それは、まちがいなく、自分の人生を切り拓くために必要な、誰もが通る道、アイデンティティの確立である。
アイデンティティとは何か。
「彼がかつてそうであり、現在そうなりつつあるもの。彼自身が考えている自己と、社会が認め期待する自己。これらすべてを統合して一貫した自己像をつくりあげること」(エリクソン,相良,2006)
この説明からもわかるように、アイデンティティの確立とは、過去・現在・未来を貫く自己像を、社会的期待と調和させて構築することに他ならない。まさに、「自己」という概念を時間軸に乗せて思考・操作できる力に基づいている。思春期の子どもたちは、この「概念×時間軸」操作によって、「他とは違う自分」「他とは違う未来」を模索し始めるのである。
このようにして、「概念×時間軸操作」の思考は、アイデンティティの確立として花開き、思考の第3段階(15・16歳〜)へと移行する。アイデンティティの確立は、「自分らしく生きる道」への第一歩であり、自立した大人への入り口である。そこには、「概念×時間軸」という思考の質的転換が存在している。エリクソンは、この課題を17歳までに達成すべき青年期の中心的課題とした。ただし、個人差は大きく、18歳で達成する人もいれば、23歳で確立する人もいる。年齢ではなく、アイデンティティの確立そのものが、思考第3段階への移行を示す指標となる。
では、思考の階層第3段階において、青年たちは何を獲得するのだろうか。ヘーゲルは、「概念そのものは三つの契機を含んでいる」とし、「普遍」「特殊」「個別」の三つを挙げた(ヘーゲル,山内,2014)。現在の日本語辞典において、「普遍」の対義語は「特殊」(Particular)とされている。
ここで、古代中国の有名な説話を、「普遍」と「特殊」という概念で読み替えてみる。
・サルたちは、朝にもらった4粒のトチの実を永遠に続く「普遍」だと思い込み、夕方には3粒になるという「特殊」(損失・リスク)に思いを馳せることができなかった。
・お百姓さんは、ウサギが偶然株に頭をぶつけて手に入ったという「特殊」な一日を、明日も続く「普遍」だと誤認し、働かなくなった。
内田(2020)によれば、これらの説話の主人公たちは、概念の時空間操作ができない人々の例として描かれており、こうした物語は大人への教訓教材であったという。つまり、古代中国ではすでに、概念を時間軸で操作する力がない大人たちは、「特殊」概念を生み出せないことが認識されていたと考えられる。内田のいう「歴史的スパンの中で『今』を見る習慣」(2020)は、まさに時間軸上で概念を操作する思考力を指している。
ここまでの考察から、人の思考における各段階の産物を次のようにまとめることができる。
思考第1段階
「個別」の中から「普遍」(共通)を抽出する思考によって、概念Cを獲得する。
思考第2段階
複数の「普遍」間からさらに共通項を抜き出し、より本質的なものに抽象化することで、真の概念C′(ヴィゴーツキーの言う「二重抽象概念」)を獲得する。
思考第3段階
すでに獲得した抽象的概念C′を、自分自身の中で時間軸に乗せて思考・操作することで、「普遍」とは異なるもう一つの共通性=「特殊」概念を獲得する。
以上から、15・16歳頃からの青年の思考には、①概念を長い時間軸において操作できる思考で、②アイデンティティを発揮する活動によって、③「特殊」概念を獲得していくという法則が存在することが明らかとなる。
世界中の青年たちが、同時期にアイデンティティの確立に向かうことからも、この法則は一般的な環境(変換)によって変化しない。したがって、対称性が存在する(法則1)。「特殊」概念を獲得できる能力は、人間の知的発達における最終形(後述)であり、この段階の対称性は生涯にわたり維持される。
③へ続く
③
6. 発達における相転移の数理モデル
6.1自由エネルギー関数の導入
本稿では、田中(1980)の発達階層理論を土台としつつ、物理学における対称性の概念によって、発達の階層構造を説明してきた。階層や段階における質的転換は、物理現象における相転移として数理的に記述可能である。相転移とは、既存の対称性が破れ、新たな対称性が創発される物理現象である(定義③)。この現象においては、旧秩序の安定から新秩序の誕生とその安定化までが、ひとつの理論関数、すなわち自由エネルギー関数(定義⑥)によって記述される。自由エネルギー関数とは、物質がどの状態(谷=安定状態)に落ち着くかを決定する理論的な関数であり、この関数から Figure 9・10 のようなグラフが導かれる。数式展開は6.3に示した。なお、秩序変数については6.2で説明。
Figure 9 Figure 10
ここで、谷は安定状態、山は不安定状態を意味する。別表の一次微分により極値が決定され、二次微分によってその極値が安定点(谷)か不安定点(山)かを判定することができる。Figure 10 に示される左の谷は、旧秩序(前段階)の残存を、右の谷は臨界を越えた後に形成される新秩序(新段階)の安定点をそれぞれ表している。なお、臨界点を越えた後であっても、系が一時的に旧谷(旧秩序)に留まる場合がある。これは「ゆらぎ」あるいは「一時的回帰」として説明され、いわゆる発達の逆行現象に該当する。こうした現象は、発達過程における非線形(定義②-2)の現れといえる。
しかしながら、臨界点を越えて右側の谷(新しい段階)に落ち着いた後には、その内部において再び局所的な対称性が成立する。このように、乳児期から成人期に至る発達における質的転換は、「対称性 → 対称性の破れ → 新しい対称性の形成 → さらにその破れ」という連鎖的なプロセスとして理解することが可能である。
6.2秩序変数の導入
秩序変数ϕは、相転移において新たにあらわれる秩序を定量的に表すために導入される物理量である(定義④)。本稿においては、発達段階に対応する能力の水準を表す指標であり、発達検査における項目の達成状況を指標として、近似的に推定可能なものと定義する。また、臨界点は特定の発達検査項目において通過率が連続的変化から急激な変化へと転じる領域として操作的に定義する。
秩序変数の表記例は、以下のとおり。
秩序変数表記例一覧
|
段階 |
日本語段階名 |
英語段階名 |
秩序変数 |
|
1C |
認知第1段階 |
Cognition Stage 1 |
ϕ₁C |
|
2C |
認知第2段階 |
Cognition Stage 2 |
ϕ₂C |
|
3C |
認知第3段階 |
Cognition Stage 3 |
ϕ₃C |
|
1R |
認識第1段階 |
Recognition Stage 1 |
ϕ₁R |
|
2R |
認識第2段階 |
Recognition Stage 2 |
ϕ₂R |
|
3R |
認識第3段階 |
Recognition Stage 3 |
ϕ₃R |
|
1T |
思考第1段階 |
Thinking Stage 1 |
ϕ₁T |
|
2T |
思考第2段階 |
Thinking Stage 2 |
ϕ₂T |
|
3T |
思考第3段階 |
Thinking Stage 3 |
ϕ₃T |
6.3数式の展開
自由エネルギー関数 F(ϕ)=a(λ−λc)ϕ2+bϕ4
・ϕ:秩序変数
・a, b:定数 ただし、b>0発散を防ぐため。
・λ:環境パラメータ(外部からの働きかけの影響度)
・λc:臨界値(転換をもたらす閾値)
(1)臨界前:いま、a=b=1、λ=10>λc=8(「臨界前」)とした時の自由エネルギーの変化は次のようになる。
自由エネルギー関数式に数値を代入:F(ϕ)=2 ϕ2+ϕ4
1次微分:エネルギーの変化が停止する点(安定点・極値)を求める。発達変化が停止する臨界点の出現をつかむ。
dF/dϕ=4ϕ3+4ϕ=4ϕ(ϕ2+1) =0
4ϕ(ϕ2+1)=0
⇒ϕ=0またはϕ2=−1
ϕ2=−1には実数解が存在しないため、実数解として唯一の解は φ = 0である。
2次微分:ϕ=0が安定できる場所か、不安定な場所かを判定する。
4ϕ(ϕ2+1)=0
d2F/dϕ2=12ϕ2+4
Φ=0のときd²F/dϕ²=4> 0となるため、ϕ = 0 安定な極小点。谷(Figure 9)
(2)臨界後:自由エネルギー関数 F(ϕ)=a(λ−λc)ϕ2+bϕ
ここで a = b = 1、λ = 8、λc = 10 を代入すると
F(ϕ)=(8−10)ϕ2+ϕ4=−2ϕ2+ϕ4
1次微分:エネルギーの変化が停止する点(安定点・極値)を求める。発達変化が停止する臨界点の出現をつかむ。
dF/dϕ =−4ϕ+4ϕ3
=4ϕ(ϕ2−1)=0
したがって、ϕ=0,±1が臨界点となる。
2次微分:ϕ=0またはϕ=±1が安定できる場所か、不安定な場所かを判定する。
d2F/dϕ2=−4+12ϕ2
各点での値は次のとおり。
・ϕ=0 のとき:d2F/dϕ2=−4<0→極大点。不安定、山。(Figure 10中央の山)。
・ϕ=±1のとき:d2F/dϕ2=8 →極小点。安定、谷。(Figure 10の谷)。
以上の手続きによって、発達における各段階の質的転換は数学的に示すことができる。
7.対称性の破れ、相転移、創発の連鎖
対称性 → 対称性の破れ → 新たな対称性の創発、という連鎖は、Figure 11(乳児期) から Figure 15(~成人) のように展開される。

Figure 15

Figure 14

Figure 13

Figure 12

Figure 11
上記展開図から次の特徴が観察できる。
①この連鎖において、各階層とも第2段階で新たな「対」構造による対称性が創発される。この「対」構造は、次の階層の第1段階まで保存され、新階層において新しい力を獲得する土台として機能する。
②しかし、思考第2段階においては、「対」構造の創発がみられない(Figure 11)。これまでの各階層においては、第2段階における「対」構造が新階層において新しい力を獲得する土台となることを踏まえると、思考第2段階における「対」構造の不在は、次の新しい階層の不存在、すなわち人の知的発達が思考の階層第3段階で留まる可能性を示唆している。
8.発達の螺旋構造
対称性の展開が示すように、子どもは世界のどこに生まれても、媒介活動を通して段階的に発達的産物を獲得していく。子どもは媒介活動を通じて産物を得て、その産物が次なる媒介活動をさらに豊かにし、再び新たな産物を生み出す。このプロセスは直線的ではなく、循環的かつ自己強化的に進行する螺旋構造を成しており、文化や地域を超えた普遍的な発達法則として機能している(Figure 16)。

Figure 16
世界各地の子どもが類似した発達的変化をほぼ同時期に経験するという観察事実は、単なる偶然ではなく、発達を推進する力がすべての子どもに内在していることを示している。たとえば、多くの文化圏において、子どもは生後1歳前後で第一次反抗期に入り、1歳半頃には言語表出能力が著しく高まる。また、義務教育の開始年齢が世界の多くの国で6〜7歳に設定されており、この時期に「書きことば」の学習が始まる。さらに、思春期に見られる第二次反抗期の出現も、文化や言語体系を超えて共通に観察される。
このような発達現象の時期的一致は、単なる生物学的成熟や環境要因によってのみ説明されるものではなく、媒介活動と産物の螺旋的連関という構造的原理が、発達を駆動していることの証左である。この螺旋構造が各個人の内部に保持されているからこそ、国や文化を問わず、子どもたちは一定の発達的共通性を示し、自己発達をとげることができている。媒介と産物の螺旋構造の存在を前提としないかぎり、世界の子どもたちがみせている現象を説明することは困難である。よって、螺旋構造による自己発達の説明は、子どもたちの現実の発達的事実を説明可能にする有力な理論的枠組みといえる。
9.複雑系科学としての発達
複雑系科学においては、「階層」と「相転移」が中心的な概念として位置づけられ、自己組織化にとって相転移が重要な役割を果たし、新たな階層は相転移を通して形成される(菅野,2013)。本稿では、人間の発達における階層(段階)の形成過程を、対称性の破れ、相転移、および創発の観点から記述した。
発達は、低次の段階から高次の段階へと一定の順序に従って進行するという意味で、系列的な構造をもつ。しかし、この進行は単なる量的な積み重ねではなく、各段階の移行において質的に異なる状態への転換を伴う。このような質的転換は、複雑系科学における相転移現象と対応している。また、人の発達は、言語経験、社会的相互作用、認知的処理、情動的関係など、複数の要因の相互作用によって成立している。このような系では、発達は直線的に進むのではなく、ある条件に達したときに新たな状態が生じる。たとえば、子どもがある日突然「わかる」ようになる変化や、知的発達と人格系発達のズレ、場面による不安定性(揺らぎ)、同一年齢、同一段階、同一障害における発達様相の多様性は、このような非線形的な発達の特徴として理解することができる。
本稿においては、各発達段階をそれぞれ一定の安定性をもつ状態として捉え、その間の移行を自由エネルギー構造の変化として記述した。また、これらの段階は、個々の能力が単純に積み重なることによって生じるのではなく、媒介活動という相互作用の中から新たな構造が立ち現れる創発的過程として形成される。
以上のことから、発達は、複数要因が相互作用する媒介活動を通して新たな秩序が創発される複雑系として位置づけることができる。
④へ続く
資料
発達の階層構造

普通教育としての障害児教育実践例

※以後、義務教育修了までは普通教育の内容が基本です。
・論理的思考獲得期~小学校4~6年生の普通教育の内容
・論理的的思考深まり期~中学校1~3年生の普通教育の内容
※表の実践をヒントに生活年齢にふさわしい内容(教材・教具)を作ってください。
※表注)の出典は以下のとおり。
以下の出典元から段階ごとに多様な実践が入手できます。
1)「遊びと環境0・1・2歳」指導計画チ-ム編著(2017)「0・1・2歳児保育アイディア100」学研教育みらい.P109
2)瀧薫著(2018)「保育と絵本~発達のすじみちにそった絵本の選び方」エイデル研究所.0~1歳児の絵本から
3)瀧薫著(2018)「保育と絵本~発達のすじみちにそった絵本の選び方」エイデル研究所.2歳児の絵本から
4)瀧薫著(2018)「保育と絵本~発達のすじみちにそった絵本の選び方」エイデル研究所.3歳児の絵本から
5)ケロポンズ藤本ともひこ(2008)「劇あそび大作戦」世界文化社
6)瀧薫著(2018)「保育と絵本~発達のすじみちにそった絵本の選び方」エイデル研究所.5歳児の絵本から.
7)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P148
8)石丸由理(2003)3歳児クラスのレッスン「リトミック百科」ひかりのくに.P21
9)石丸由理(2003)3歳児クラスのレッスン「リトミック百科」ひかりのくに.P40
10)石丸由理(2003)3歳児クラスのレッスン「リトミック百科」ひかりのくに.P61
11)石丸由理(2003)3歳児クラスのレッスン「リトミック百科」ひかりのくに.P66
12)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P108
13)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P155
14)長嶋瑞穂(1977)「障害者問題研究」12号.P19
15)田中保男(1977)「いちばんはじめの教育えがくこと・つくること」ミネルヴァ書.P13
16)高浜介二、秋葉英則、横田昌子編(1984)「3歳児の保育」あゆみ出版P129.P129
17)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P69
18)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P93
19)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P107
20)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P155
21)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P157
22)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P131
23)「遊びと環境0・1・2歳」指導計画チ-ム編著(2017)「0・1・2歳児保育アイディア100」学研教育みらい.P15
24)「遊びと環境0・1・2歳」指導計画チ-ム編著(2017)「0・1・2歳児保育アイディア100」学研教育みらい.P15
25)「遊びと環境0・1・2歳」指導計画チ-ム編著(2017)「0・1・2歳児保育アイディア100」学研教育みらい.P13
26)落合英男監修(2006)「運動会種目BEST!」学習研究社.P74
27)落合英男監修(2006)「運動会種目BEST!」学習研究社.P37
28)落合英男監修(2006)「運動会種目BEST!」学習研究社.P37
29)落合英男監修(2006)「運動会種目BEST!」学習研究社.P34
30)落合英男監修(2006)「運動会種目BEST!」学習研究社.P41
31)落合英男監修(2006)「運動会種目BEST!」学習研究社.P71
32)落合英男監修(2006)「運動会種目BEST!」学習研究社.P75
33)伊藤亮子(2005)「3・4・5歳児の保育計画」草土文化.P155










