発達保障をめざす理論と実践応援プロジェクト

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階層と段階の視点⑯ 図解 量から質への転化(原動力の発生)~飛躍に必要な「量」は可視化できるか

   量から質への転化(原動力の発生)

 

                                                                             山田優一郎(人間発達研究所会員)

 

「発達段階を示す質の存続と結合した量の規定性について、漸進的に行なわれる量的蓄積をもとに、一定の限度をこえると新しい質の獲得にもとづく飛躍的移行が進む」

           田中昌人(1980)「人間発達の科学」.青木書店

「対立要素は、相手に影響をおよぼし、その作用を浸透させあっている。対立要素の一方が他を圧倒する影響・作用をおよぼすことで、事物はこれと異なる新たな事物に転化する」古在由重企画、森宏一編(1971)「哲学辞典」.青木書店

 

「相互排除の側面が、相互浸透の側面を否定して、古い媒介関係の揚棄をもたらす」

 岩崎充胤(1981)「弁証法の根本法則と弁証法的カテゴリー」一橋大学一橋論叢編集委員会編「一橋論叢」第86号第6号

 

揚棄(ようき)~弁証法における重要な概念。あるものをそのものとしては否定しながら、一層高次の段階において、これを生かすこと。(「広辞苑」.岩波書店

 

  飛躍に必要な「量」は可視化できるか

    1次元から2次元へ。「大人との交流活動(媒介)」量の検討

 

 以下、フェルミ推定によって、1次元可逆操作期から2次元へ移行するために必要な「大人との交流活動」時間量(一日当たり)の推定を試みる。

  ※「大人との交流活動」(表1)

 

 フェルミ推定=正確に割り出せない数値を「だいたいの数」として導き出す手法。フェルミ推定では仮説をたてることでおおよその値を推定する。1)

 

 1次元可逆操作と2次元可逆操作の内容は、以下のとおり。

                表1

 

1.厚生労働省の「人口動態統計」の最新データ(2020)によると、現在出生率のピ-クは、30才~34才である。そして、そのうち一番大きなグループは、第1子の出産であった。(43%)

2.一方同省の「出生に関する統計」(2021)によると30才7ケ月で第1子を出産した女性が第2子を出産するまでには、平均2年の間隔があく。

3.したがって、ここでは、多くの子が1次元可逆操作期のはじまりである1才半を子ひとり対大人という環境で2次元可逆操作へと進んでいると仮定した。

4.次の生活記録から、3.で仮定した平均的な1才半児のおおまかな大人との交流時間を推定できる。※食事時間は、保育園のいわゆる「給食時間」の半分とした。(1対1対応可能なため)

 

「生後1才半のスケジュールと1日の過ごし方!授乳期間や睡眠時間の変化について1才半の1日の生活リズム」(2021年9月8日)2)

         夫婦+1才半女児世帯 母専業 夫は自宅で自営

 上記記録から、第1子をもつ、親の生活時間は次のようになることがわかる。

 子どものおきている時間-昼寝時間-空白時間(ひとり時間)=世話している時間

 世話している間、大人は子どもの表情、ことば、しぐさに何らかの反応することが常であるから、世話している時間は、イコール子どもとの実質的交流時間といえる。

 また、食事やお風呂など幼児が生きていくために必要とされる時間は、必然的に実質的な交流時間であり、逆に親が生きていくために必要な家事などの時間は、基本見守りであり積極的交流にならない時間である。つまり、幼児が生きていくため必要な介助を受ける時間は、どの子も享受している大人との交流の必要最少時間(A)であり、幼児の活動可能時間-(引く)親が生きていくために必要時間=最大交流時間(B)となる。そして、幼児の標準的な大人との交流時間(C)は、両者の中間に存在する。

      A<C<B

 この法則はどの子、どの親にとっても共通であることから、親の家事などと区別されている「子どもの世話」時間の平均は、その年の標準的な「大人との交流」活動時間であったと仮定することができる。実際、いわゆる野性児として育ち人間の「大人との交流」活動時間が0分、すなわち必要最少時間(A)に満たなかった野性児たちは、2次元可逆操作へ進めていない。3)

5.前述のように厚生労働省の「人口動態統計」の最新データ(2020)によると出生率がピークとなる年令階級は、30才~34才の年令期である。そして、その多くは第1子であった。よって、この年の30才代女性の生活時間調査は、他の年令階級に比べて、1才半児の母親の生活時間の特徴をもっとも反映したものになっていると想定できる。

6.NHK放送文化研究所の「国民生活時間調査」(2020)によると、出生率がピークであった30代女性の「子どもの世話」にあてる時間の行為者平均は、6時間10分である。個別には、夫の育児参加時間、同居大人の有無によって交流時間は変わる。しかし、平均するとこの時間であり、1才半児が次へ向って育っていくための標準的な大人との交流時間だったと推定できる。

7.6.の結果をもっとも古いNHKの調査によって検証してみる。NHKの「国民生活時間調査」は、1995年からのものが公開されている。1995年の出生率のピークは、25才~29才。そのうち、73%が第1子である.(厚生省「人口動態統計」)したがって、1995年の20代女性の生活時間は、他の年令階級に比べて、1才半児の母親の生活時間の特徴をもっとも反映したものになっていると想定できる。では、今から28年前の20代女性の「子どもの世話」にあてる時間の行為者平均はどのくらいになっていたのだろうか。同じ「生活時間調査」によると、5時間49分であった。

8.結果、1才半(1次元可逆操作期)を迎える子どもの標準的な「大人との交流時間」(一日当たり)は、今も昔もおおまかに6時間(±α分)だったといえる。

 

 以上から、1次元可逆操作期の子どもたちは、ざっと1日約6時間×約910日(2年6ケ月)=5460時間の大人との交流活動量によって、原動力を発生させ、2次元可逆への質的転換を実現していると推定できる。つまり、こうして質的転換に必要な活動量の目安ができる。

 この目安によって、1次元可逆操作期の子どもたちの教育実践の見直しが可能となる。

 

➀ひとつは、授業を中心とした学校生活が可逆操作発揮の媒介「大人との交流活動」になっているかという視点での見直しである。

 障害の重い子どもたちの授業風景としてよくみられる、横一列にならび、子どもが順番にひとりずつ前へ出て学習するやり方では、ひとりの子が可逆操作を発揮できる量が圧倒的に不足する。ひとコマの授業でひとりの子と交流ができるのは数分となるからである。つまり、2次元可逆操作期以降の子には妥当な授業方法であっても、1次元可逆操作期の子どもたちの授業では、妥当しないことがありうる。また、ひとりでなんでもできる年齢になると、食事やお風呂など生きていくために必要とされる時間=実質交流時間とならない。学校やお家の暮らしの中で、あえて大人の世話が必要となる時間をつくり、必要最少時間(A)と同程度の時間の確保が必要だと思われる。

 

②もうひとつは教育内容、教材の見直しである。

 教育ー学習ルートによって発達の自己運動を支援しようとするとき、学校で新しいことばを獲得したとしても、それだけでは、自己運動として回転していくための活動量が不足する。一語文の子に「最近接領域となるニ語文を」ではなく、どのような教材でどのようなことばを獲得したら家族との交流が広がるか、つまり暮らしの中で使えるか、という視点での見直しが必要だと思われる。前述のように障害のない子どもたちの1次元可逆操作期は「子どものおきている時間-昼寝時間-空白時間(ひとり時間)=世話している時間=実質交流時間」であった。学校の中だけでの見直しでは、量的蓄積は進まない。

 私の経験では、本人の要求が実現できるもの、たとえば「パン」ということばや、サインで(毎朝のことなので)家族との交流が広がる。また、「指さし」4)ができるようになり、絵本による交流が可能になっただけで、交流がひろがった。それまでどうして遊んだらいいかわからなかった父親が、娘と絵本でいっしょに遊べることがわかり毎日定時に帰り、絵本で遊ぶようになったからである。

 いずれも1次元可逆操作期の子どもたちである。ただし、ふたつのケースとも、まず、学校で力をつけて、それが呼び水となって家族(大人)との交流がひろがったケースであった。

 

 今、すでにもっている可逆操作を発揮する活動の場をひろげることは、どの子にとっても可能性が開かれている自己実現の道である。自分の人生を切り開くだけでなく、家族の生きる力を励ます。

 

「ことばがふえていくのはほんとうに親としてもうれしく楽しみなことで、さとみの”ひと言”が、どんな苦労をもふきとばす力をもっているとしみじみ感じます。だからこそ、生きていけるのだとも。」(1987・7・8 連絡帳 母親)

 

 1才半の段階で大人の世話を受けながらも、コミュニケーション手段が乏しく一日あたり、実質1時間の交流時間しかもてなかった時、量的な側面からの試算では2次元可逆操作へ、次の原動力の発生までに約15年かかることになる。次の原動力発生までの時間をシュミレーションすることで私たちは、可逆操作の量的蓄積がいかに重要かを知ることができる。

 

「現れていない段階の課題を考えるのではなく、もう獲得されている可逆操作が、もうその力はあるけれど発揮する機会がないところに働きかけるのが教育の基本」

                   加藤聡一(2018)「人間発達研究所通信」V0l34(3 )

 

1)永野裕之監修(2022)「世界でいちばん素敵な数学の教室」.三才ブックス

2)生後1歳半のスケジュールと1日の過ごし方!授乳間隔や睡眠時間の変化について1歳半の1日の生活リズム | yunoto (luria4.jp)

3)オオカミ少年、犬少女。人間社会から隔離された環境で育った世界10人の野生児たち : カラパイア

4)指さしができてはじめて1次元をこえていることがわかった事例。

 山田優一郎、國本真吾著(2019)「障害児学習実践記録~知的障害児・自閉症児の発達とコトバ」.合同出版